【独自のスタイルを貫く】富士ゼロックス剣道部 上原祐二

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上原,剣道,富士ゼロックス,中大

「独自のスタイルを貫く」

〜富士ゼロックス 上原祐二〜

実業団剣士として、長年チームを牽引している上原氏。
指導者としても、コーチ及び助監督として中央大学を常勝軍団に導きました。
その足跡と、実業団剣士だからこそ見えるビジョンをお伺いしました。
(以下 KENDO PARK=KP    上原祐二氏=上原)


– 上原祐二(うえはらゆうじ) –

1981年生 福岡県出身
5歳から森安修道館(@福岡県)で剣道を始め、中学校卒業後に福大大濠高校へ進学。
高校時代に全国高校選抜大会優勝、玉竜旗剣道大会準優勝。
高校卒業後に中央大学(@東京都)へ進学。
大学時代に全日本学生優勝大会準優勝1回、第3位2回。
大学卒業後に、富士ゼロックス株式会社へ就職。
関東実業団大会優勝5回、全日本実業団大会優勝1回。
剣道七段(2020年5月現在)


|勝負強さを育む

KP:
剣道をはじめたきっかけから教えてください。


上原:
きっかけは、兄の試合を見たことです。

私の兄は地元の森安修道館(@福岡県)に通っていたのですが、ある時試合で強豪道場の如水館(@福岡県)に敗退してしまいました。
当時の父兄の皆さんは、「如水館だから仕方ない」という風潮でしたが、何の知識もなかった私は、「俺が代わりに如水館を倒してやる」と本気で思っていました。

そこで5歳の時に、兄が通っていた森安修道館で剣道をはじめました。


KP:
稽古はいかがでしたか?


上原:
幸運にも兄の二つ上に田沖大介先輩(福大大濠→中央大学・現 田沖少年剣道塾塾長)がいらっしゃり、よく鍛えていただきました。

おかげで入門後すぐから結果が出始め、小学校1年生から3年生まで「神武館旗争奪少年剣道個人選手権大会」で3連覇するなど、全国的レベルの実力があったと思います。

しかし小学校4年生の時に大きな怪我をしてしまい、そこから全く勝てなくなりました。
結局、そのまま中学校3年生まで主だったタイトルが取れないまま、中学卒業を迎えてしまいました。


KP:
そこから、強豪校として知られる福岡大学附属大濠高校へ進学なさいました。


上原:
実は中学2年生頃に、田沖先輩にご相談して、黒木貞光先生(福大大濠高校監督)にお願いして頂き、福大大濠高校の土曜日の稽古に参加させて頂けるようになりました。
大会等がないタイミングで、自宅から2時間かけての出稽古でしたが、毎回強い先輩方に稽古をつけて頂き、楽しい記憶しか残っておりません。

そんな時、いつものように出稽古にお邪魔していた際に、黒木先生から「そんなにウチに来たいのか?」と言っていただき、即座に「はい、本当はとても入りたいです。」と正直にお伝えしたところ、そこから色々なご縁や幸運もあって、憧れの福大大濠高校に推薦入学を果たしました。


KP:
福大大濠での指導について教えてください。


上原:
イメージと違うかもしれませんが、黒木先生は多くを言う指導ではありません。
その一方で毎週練習試合や遠征があり、試合での勝ち数や、取得本数等のデータを取っていらっしゃいました。
当時としては、そのようなデータを取り、生徒に考えさせる監督はほとんどいなかったと思うので、とても先進的であったと思います。

これによって、毎週末の試合に向けて、「どう勝つか」を自動的に考えるようになりました。
必然的に、「得意技」を身に付けることを意識するようになり、長所を伸ばす稽古が浸透していたと思います。
福大大濠出身の選手に、「選手独自の得意技」を持つ選手が多いのも、そう言ったスタイルのためだと思います。

また黒木先生は、常日頃から「感謝の気持ちを持つこと」を指導していらっしゃいました。
これに関連して、個人戦よりも団体で活躍した選手をよく褒めていたと思います。
これはつまり、「仲間を尊重し、一緒に戦える」ようなメンタリティのある人間を育成することを目的としていたのではないでしょうか。

このように、「得意技を持ちながら、チームのために尽力できる選手」を育む環境であったため、私も含めて「勝負がかかった場面に強い選手」が多かったと思います。

上原,剣道,富士ゼロックス,中大
富士ゼロックスでは、全日本実業団優勝と共に最優秀選手を獲得。

|自由な環境を選ぶ

KP:
大学は中央大学へ進学なさいました。


上原:
大学進学は、黒木先生と田沖先輩の影響が大きかったと思います。
私は身体の線が細かった上、決してオーソドックスな剣風ではなかったため、ある程度自由に剣道ができる環境が良いのではと、黒木先生より進言いただきました。

また自分の性格やスタイルにも合うなと感じた上、田沖先輩がOBでいらっしゃったこともあり中央大学へ進学を決めました。
当時中央大学には、木和田大起先輩(全日本選手権者 現・大阪府警)、大重貴浩先輩(現・宮崎県警)、野口貴志先輩(現・高千穂高校監督)など、錚々たるメンバーがおり、1年生の時に全日本学生優勝大会で準優勝を果たしました。

2年生の時からは、現在の北原修監督より指導を受け、2年生時3年時ともに全日本学生優勝大会で3位に入賞致しました。
関東学生優勝大会と関東学生新人戦で、それぞれ2回、計4回優勝し、日本一にはあと一歩及びませんでしたが、4年間を通して多くの団体戦で優勝を経験させて頂きました。


KP:
大学卒業後は、実業団の強豪チームである富士ゼロックス株式会社へ入社なさいました。



上原:
私の親戚にはもともと警察官が多く、逆に「視野を広げた方が良い」という観点から、あらかじめ実業団志望を決めていました。

いくつかの企業から声をかけて頂いたのですが、当時中央大学剣道部の部長と、富士ゼロックスの剣道部師範を務められていた津村耕作先生よりキャリアの助言を頂き、富士ゼロックスに就職を決めました。

というのも、「上原の性格を考えても、富士ゼロックスでならビジネスマンとして昇りつめられるかもしれない」と助言頂いたのと、実際に役員に中大剣道部卒の先輩がいらっしゃったことから、具体的な活躍イメージが湧いたことが一番の理由です。


KP:
新卒数年間は、業務も大変だと思います。
剣道との両立は、どのように行ったのですか?


上原:
新卒から法人営業を担当させていただき、責任ある仕事を任せて頂きました。
その一方、富士ゼロックスの稽古は土曜の週1回のみで、自社道場も無いことから、稽古量は大幅に減りました。

それでも、新卒から数年は学生時代の貯金で戦えていたので、関東実業団大会では入社年次から2回優勝を果たしました。
都道府県対抗試合でも、1年目で予選を勝ち上がり、東京都の代表を経験しました。
しかし、26歳くらいから更に責任あるポジションで、お客様を担当させて頂くようになり、より一層稽古量も減ってめっきり勝てなくなりました。
その中で日本通運様など、剣道の実業団チームを持つ企業様を担当することも多くなり、クライアントによっては実業団大会で自分を知ってくれていた企業様もいらっしゃいました。

そういった剣道の繋がりもあり、担当企業様の稽古に参加させて頂く等で関係値を深めながら、貴重なアドバイスを頂き、徐々に仕事も良い方向に向かい出していきました。
この頃から、剣道と仕事がうまくミックスし始めたと思います。

剣道の繋がりといっても、それが通用するのは最初だけなので、とにかく「お客様が喜ぶことは何か」を考えて仕事にあたりました。
そのうちに、「上原君は、剣道できるらしいけど仕事もよくできる」と評価をいただき、少しずつ次のお客様を紹介頂けるようになりました。
まさに「良い人脈は、より良い人脈を生む」ということを実感できた時期だったと思います

上原,剣道,富士ゼロックス,中大
2018年に自身初の実業団日本一に輝いた。

|「中大スタイル」を昇華する

KP:
長年、中央大学の学生指導にもあたっていらっしゃいます。


上原:
ちょうど勝てなくなり出した27歳くらいから、中央大学剣道部のコーチをさせて頂きました。
コーチを7年務め、その後4年程度指導から離れたのですが、その後助監督を務めさせて頂いています。

ずっと意識しているのは、「学生が掛かりたい先輩」という存在になることです。
当時から学生との稽古はいつも3本勝負のみで、もちろん打たれれば認めますし、こちらも本気で取りに行きます。
あくまで、「フェアで本気の勝負」を続けることを意識して行っています。
また稽古外では、学生を積極的に食事に誘い、稽古内外でコミュニケーションの連続性を保つようにしています。

これは特にビジネスシーンにおいて、非常に重要なことです。
先述の通り、私自身剣道と仕事がミックスしだしてから、仕事もうまく回るようになりました。
この経験から、あえてオンオフの境界を曖昧にしながら、相手とのコミュニケーションを取ることで、思いも寄らない成果や人脈が得られたりするからです。

結果として、ありがたいことに稽古では毎回沢山の学生が、掛かって来てくれます。
私としても、短時間で多くの人数と稽古ができるので、とても良い稽古になっています。


KP:
中央大学は、男子が2018年と2019年に全日本学生連覇を達成なさいました。
常勝軍団となった秘訣を教えてください。


上原:
勝負に対する甘えがなくなったと思います。
中央大学はもともと個性的な選手が多い一方、「プロフェッショナル」になりきれず、いつも最後の最後で優勝に手が届かない歴史がありました。

それが、2009年から宮崎正裕先生(全日本選手権優勝6回・教士八段・現 神奈川県警)に師範として指導を頂くようになってから、少しずつ勝負へのこだわりが醸成されて行きました。

例えば、従来の中大の選手は、小手が当たるとそのまま残心に入ったり、審判にアピールする選手もいました。
それにより、仮に完璧に小手を捉えていても、その後無防備な状態で面を打たれて、審判の旗が面に上がってしまうことが散見されていました。
そこで宮崎先生から、「なぜ面に旗が上がるのか?」「面を打たれないようにするにはどうすれば良いのか?」を論理的に話して頂き、それから勿体ない形で一本を失うことが少なくなりました。

また私も、学生の「試合の運び方」を重点的に見るようにしています。
例えば警視庁の畠中宏輔選手は、鍔迫りの際に必ず「試合場の中心に背中を向ける」ポジションを取っています。
これにより、知らず知らずのうちに、鍔迫りからの展開を有利に運ぶことができます。
このような勝負において重要となるポイントを、より細かく伝えるようにしています。

これらの点は、言われてすぐできるものではありません。
歴代の学生たちが一生懸命取り組む中で、少しずつカルチャーとして出来上がってきたものが、「地力」となって試合に表れた結果だと思います。

上原,剣道,富士ゼロックス,中大
中央大学をインカレ連覇に導く。

|自分だけのスタイル

KP:
上原さんは、稽古中も上段を取ったり、片手技を繰り出すなど、技のレパートリーや発想の自由さが特徴だとお見受けします。



上原:
私はもともと体の線が細かったこともあり、考えて技を磨かないと、人との違いが生まれないと考えていました。
そこで、自分で「面白いな」と思ったことは、とりあえずやってみるようにしています。

実はこのマインドは、中学時代に身についたように思います。
中学では3年間剣道経験のある顧問の先生がいなかったため、自分でメニューを決めて稽古を行なっていました。
そこで、常に自分で考えるクセがついたのだと思います。

普段から、強い選手の映像や試合をよく見て、良いと思った技や動きは真似するようにしています。
指導者にも恵まれ、ある程度自由にやらせて頂いてきたこともあり、幸運にも剣道が嫌になったことは一度もありません。


KP:
特徴的な引き技について教えてください。


上原:
引き技については、鍔迫りになった瞬間に、相手をおおよそタイプ別に分類しています。
「このポジションで、こう力を入れる相手には、こう打つ」というのがある程度パターン化されているので、そこに当てはめていくことが大事です。

もう一つは「仕込み」です。
相手も引き技を警戒しているので、何回かはそのまま何もせず裏交差から分かれたり、あえて引き胴を見せたりして、注意を逸らします。
そこから引き面に入れば、当たる確率が格段に上がります。

また先ほどの述べた、「常に試合場の中心を背負うポジションにいる」ことも大切です。
仮に引き技が当たらなかったり打てなくても、その後の展開が有利になるからです。

2018年に全日本実業団大会の決勝で決めた引き面は、まさにこれらすべてが凝縮された一本でした。
一方で、学生時代はあまりに引き面ばかり打っていたため、「上原の引き面は取らない」という申し合わせまで行われていたようです。
そのため、大学の途中からは前で取る技の研究を重視しました。


KP:
警察の特練選手にも勝利している場面をよく拝見しますが、強豪選手と戦う上で重視している点を教えてください。


上原:
私は、色々なタイプの剣道に合わせて戦い方を変えることができます。
というのも、稽古では地稽古を重視していて、特に短時間で数多くの相手とやることを意識しています。

基本的には、全て三本勝負か、一本勝負しかやりません。
その中で、全ての相手に全部出し切って戦うことで、相手のタイプや戦い方、打たれた技、タイミング、クセなどをインプットすることができます。
数をこなすことで、これが積み上がっていくので、試合になった時にどんな相手にも落ち着いて対処することができます。

そして実際の試合では、蓄えたインプット通りに戦いながら、最後の最後で自分の得意技に引き込むことを考えています。
私の中では「パターンを崩す」と言っていますが、それまでの戦いの中で「仕込み」を行いながら得意なシチュエーションに持ち込み、最後の取り所で一気に仕留めることを意識しています。
これは、ある程度シンプルな考え方なので、試合の中でパニックに陥ることもありません。

2018年全日本実業団剣道大会 決勝 パナソニック(ES本社)×富士ゼロックス(本社)
動画出典:剣道日本チャンネル

|実業団剣士のリアル

KP:
社会人の剣道との両立について教えてください。



上原:
「社会人になると体力が落ちる」とよく言われますが、気力と修練次第で十分カバーできると感じています。
むしろ若い時よりも、今の方が稽古時の体力はあるかもしれません。

社会人になると、体の使い方やケアの仕方を自分で調べたりする事が出来るようになります。
実際私も、サプリの摂取や酸素カプセル、最近は水素に着目し、体のリカバリーには注意しているので、「稽古で疲れが残る」ということがほとんどありません。

また、会社の中で年次が上がっていくと、会食や接待が増えたり、部下が増えて業務量が増加したりと、否が応でも精神的および身体的に、社会人として総合的な体力が付いていきます。
これらの影響からか、仮に稽古で長い行列ができて、数多くの相手と地稽古したとしても、十分にやりきることができます。


KP:
社会人の稽古についても教えてください。


上原:
稽古自体は、大変オーソドックスなものです。
富士ゼロックスは週1回2時間しか稽古がない上、メニューも切り返し→基本打ち→打ち込み→かかり稽古→地稽古という流れです。

その中で、私は「縁を切らない」ことを常に意識しているため、人よりも本数多く稽古を行うことができます。
例えば、通常3本打ち込みするところを、縁を切らずに行えば5本打つことも可能です。
その中で、最後の2本は上段で打ってみる等、自分なりの実験を行うこともできます。

また、「全ての打突を一本にする」ことを意識しています。
限られた時間の中でも、全てを一本にするためには相当な集中力が必要です。
これも、良い稽古ができている要因かもしれません。

富士ゼロックスでは週1回の稽古ですが、中央大学では個別の朝練も行っています。
というのも、学生とコミュニケーションを取る中で、「個別練習してください」と言われたことがありました。
それから、彼と朝練を始めたのが今でも続いている状況です。

個別の朝練は、どちらか一方が遅刻すれば、相手を置き去りにしてしまうため、互いに責任を負って取り組めています。
こちらとしても、当然学生の想いを裏切ることができないので、どんなに忙しくても約束した朝練は、休めません。


KP:
結果として、2018年に悲願の全日本実業団大会で優勝を果たしました。


上原:
毎年9月は決算期ということもあり、なかなか集まって稽古ができないため、「関東では勝てるが全国では勝てない」ということが続いていました。

そんな中、2018年に梅ヶ谷翔(中大→富士ゼロックス・全日本学生選手権優勝)が入社してきて、「今年は優勝できるかもしれない」という雰囲気がチームにありました。
しかし、彼が世界選手権の帯同選手に選ばれ、全日本実業団大会を欠場することになりました。

そこで逆に、「梅ヶ谷がいなかったから負けた」と言われるのが嫌だったこともあり、チーム全員のプライドに火がついて勝ち取った優勝だったと思います。
結局のところ、そういったメンタル部分は、社会人であっても大事であると学びました。

参考記事:【目の前の相手に集中する】富士ゼロックス剣道部 梅ヶ谷翔

上原,剣道,富士ゼロックス,中大
トップ実業団剣士として、剣道界の注目を集める。
画像出典:左・剣道時代2019年4月号 右・剣道日本2014年2月号

|ビジネスマンとして見据える剣道の未来

KP:
現在、お子様も地元の道場で剣道をなさっているとお聞きします。
指導の現場も含めて、今後のビジョンを教えてください。


上原:
現在息子が地元道場に通っており、道場の先生方は大変熱心で毎回驚かされるほどです。
本当に、親身にご指導頂いています。

一方で、道場のシステム全体に感じることは、「色々な方からの指導が受けづらい」ということです。
自分に合った指導者か否かは、保護者がよっぽど剣道をやっていた方で無い限り、判断するのは難しいと思います。
そのマッチングがうまくいかないために、才能を持った子が辞めていったという話を様々な場面でお聞きします。

道場には、まだまだ「村社会」的なカルチャーがあり、他道場に移りにくかったり、他の先生から指導を受けにくいといった空気感があります。
当然、簡単に他の道場に移られても困ります。
しかし、もっとオープンに指導が受けられるように出来ないか、考えております。

こういった状況を踏まえ、北原監督の発案で、今年の中央大学の初稽古では、子供達に声がけをして、合同稽古会を行いました。
学生にも指導に入ってもらい、彼らにとっても学びの機会となり、お互いにとっても良い企画となりました。
この取り組みを、更に広げていくために、色々と模索をしております。

ビジネスパーソンとしての目線では、剣道のカルチャーの良いところは残しながらも、世の中の変化にアジャストした形を模索する時期に来ているのかもしれません。
私をここまで成長させてくれた剣道に対して、これからは、様々な面で恩返しをしていきたいと考えております。

上原,剣道,富士ゼロックス,中大
中央大学とタイアップし、開かれた道場の形を模索する。

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