▼スペシャルインタビュー▼
「いちに会が起こした情報革命」
〜いちに会管理人 井上 秀克〜
剣道の大会情報掲示板として有名な「いちに会」。
「あれは誰が管理しているのだろう?」と、長年疑問をお持ちの方も多いと思います。
今回、管理人「Hide.」こと井上秀克氏に、その想いとビジョンをお伺いしました。
(以下 KP:KENDO PARK 井上秀克:井上)
-井上秀克-
1958年生 東京都出身
早稲田大学卒業。
剣道部師範であった、渡邊敏雄範士に晩年まで師事。
淑徳巣鴨中学高校、淑徳与野高校で教鞭をとる。
在任中の1996年12月に、剣道部教員コミュニティ「いちに会」を設立。
2000年3月に、「いちに会」ホームページを開設。
現在淑徳大学職員の傍ら、練馬区で活動する武蔵剣友会の師範、いちに会の保守・管理を行う。
剣道錬士六段(2018年9月現在)
|「いちに会」の誕生
KP:
「いちに会」の成り立ちを教えてください。
井上:
当時、都内の女子校の剣道部監督を勤めていました。
自分なりの指導法があり、独自のメニューを次々に取り入れることで、それなりの成果を上げていました。
それに伴い、練習試合や出稽古の申し込みが増えてきたので、それらを中心とした都内近郊の教員間で定期的に指導法などを情報交換するようになりました。
そこで、「月に1、2回程度は集まって合同稽古をしよう」というコンセプトのもと、教員間の勉強会兼合同稽古会として「いちに会」をスタートさせました。
このように、「いちに会」は現在のインターネットコミュニティではなく、合同合宿や合同稽古など、リアルでの教員間コミュニティから始まりました。
KP:
そこからホームページを開設なさいました。
井上:
元々剣道部の指導を担当したくて教員になったのですが、学校の進学志向が高まってくるにつれて部活動にかけられる時間が減ってきていきました。
そこで教員を退職し、系列大学の事務職員へ転職いたしました。
すると、それまで1年中稽古や遠征に走り回っていたのが、余暇時間を急に持てるようになりました。
もともと「剣道の情報発信をしたい」「剣道のレッスンプロになりたい」という想いが強く、インターネットでの剣道情報サイト開設を決意いたしました。
そしておよそ半年の準備期間を経て、2000年の3月に「いちに会」のホームページを開設いたしました。
当時のインターネットは、現在のようなつなぎ放題の契約ではなく従量制で、電話回線での接続でしたので、通信速度も遅く「読んでは切り、書いては切り」と、何度も何度も接続しながらの作業でした。
GoogleやYahooのサービスも日本で始まったばかりで、ほとんど認知されていないという状況であったと思います。
そのような状況下でしたので、スキルを持った一部の人たちが道場や剣友会のサイトを作っておりましたが、総合的な情報媒体をしては先駆け的存在であったと思います。
|双方向コミュニケーションを実現する
KP:
当初から掲示板という位置付けであったのですか?
井上:
そもそもは、剣道界の「情報発信のハブ基地」を作りたいというコンセプトであったため、掲示板を作りたいというイメージはありませんでした。
しかし調べてみると、全日本剣道連盟や都道府県の一部の連盟、個別の道場などで、簡単なホームページを出しているところがちらほらと出てきていました。
その中をよく見てみると、内部掲示板などで投稿が盛り上がっているサイトが見受けられました。
そこで「一方向の情報発信ではなく、双方向の情報発信の方が求められているのではないか」と思い、掲示板機能を持たせることにしました。
KP:
コンテンツはどのようなものであったのですか?
井上:
まずは人に来てもらい利用してもらうため、国内外に関わらず剣道に関するホームページを徹底的に検索し、「リンク集」を作り上げました。
それから、現在メインとなっている試合結果の掲示板はもちろんですが、「Hide.研究室」と題し、私の指導法をまとめたものまで色々とコンテンツを揃えました。
そのほかにも、「剣道Q&A」や「剣道談話室」を作り、道場や学校では話づらいことも解決できるような環境作りをいたしました。
それらをカテゴリ別に分け、とにかく剣道に関する情報であればどこにでもアクセスできる体制を目指しました。
結果として、当時で500アクセス/日程度はあったと思います。
現在の換算では大したことはないですが、当時のインターネット普及状況を鑑みると、それなりの媒体であったのではないかと思います。
|オンラインからリアルへ
KP:
現在では、リアルでの稽古会等も行っていらっしゃるそうですね。
井上:
掲示板が盛り上がるにつれ、自然と「みんなで稽古しませんか」という流れになりました。
そこで、2001年6月にいちに会の掲示板でメンバーを募り、「第1回電脳剣士稽古会」を開催いたしまいた。
第1回は12名の参加であったのですが、2回目以降から倍々でメンバーが増加し、次第に地方都市でも開催されるようになりました。
現在いちに会を利用した「電脳剣士稽古会」は、東京と東北(岩手)だけになってしまいましたが、インターネットを使った稽古会が全国津々浦々、様々な年代の中で行なわれています。
かつて出稽古というと同じ限られた地域内でしか行うことが出来なかったわけですが、ネット利用の稽古会は双方向コミュニケーションが生み出した一つの形であると思っています。
KP:
書籍やDVDもリリースなさっています。
井上:
ウェブサイトで情報発信していくうちに、ある出版社から書籍出版の依頼が来ました。
有名な高段者の先生でも良いはずなのに、あえてなぜ私に依頼が来たのかわからなかったのですが、担当者と話していくうちに、「今までと同じような通り一辺倒な指導内容ではないものを作りたい」というイメージを共有できました。
そこで出版したのが、「剣道上達BOOK」(※現在は廃版)です。
従来の基本に特化したようなものではなく、実践的に「攻め+技」といった解説を心がけ、個別の技や細かい動きをビジュアル(=写真)で見せる内容になりました。
その後、書籍出版の流れからDVDの製作も決定致しました。
こちらも従来と違ったものを作りたいと考え、「マルチアングル」かつ「多言語対応」に致しました。
現在でも多言語はもちろんのこと、掛かり手や基立ち視点の映像等はありませんので、先進的な取り組みであったと思います。
撮影・編集は困難を極めましたが、2007年に、用具、礼法、基礎、応用まで収録した「剣道大全典」1~4巻をリリース致しました。
長年取り組んできたことが、このように形として残っていくのは、市井の剣道愛好家の私にとって大変嬉しく光栄なことだと思っています。
|「いちに会」が作る未来
KP:
お1人で、そこまでできるモチベーションは何でしょうか?
井上:
今まで育てていただいた「剣道界への恩返し」と、「剣道の情報発信のハブになりたい」という想いです。
特に双方向型の情報発信に関しては、自分にしかできないと自信を持っています。
このサイトを作って一番恩恵を受けたのは私自身です。
様々な書き込みや相談は私の情報量を増やしただけではなく、自身の剣道観や生き方にまで大きな影響を及ぼしました。
もちろん、交友関係や活動範囲も想像を絶するくらい広がりました。
正直に言うと、「いちに会」の保守・管理は本当に大変な作業です。
皆さんに意見交換の場所を開放している分、中にはふさわしくない書き込みや誹謗中傷を受けることも多々あります。
そのため、掲示板の書き込み内容は毎日常にチェックしていますし、いただいた質問等にはすべて答えるようにしています。
合宿や遠征、旅行に行く際もパソコンを持参して、常に健全で信頼できるサイトであるよう努めています。
また、立ち上げ当初から「広告等は一切載せない」ということで、メディアの一翼として中立・公平を守るよう意識しています。
これを18年も続けてきましたので、今では仕事及び生活の一部となっています。
ここまでできるのは、私だけであるという自負もありますし、それだけの自信もあります。
それが原動力でしょうか。
KP:
今後のビジョンを教えてください。
井上:
今までのいちに会は掲示板としての役割が最も大きかったですが、インターネットの高速化とつなぎ放題のサービスによりSNSが急速に身近なものになり、誰もが容易に情報を発信できる時代になりました。
ゆえにその立場も役割も変わってきています。
今後は、ビジュアルを加味したコンテンツ作りに昇華させていきたいと考えています。
いちに会のトップページにある「7つの提言」にも入っているのですが、私のビジョンとして、「不老の剣の追求」というものがあります。
「いちに会7つの提言」
1.厳しさの中に楽しさを求めてゆこう
2.みんなで剣道を真剣に考え、疑問や主張を積極的に声にしていこう
3.型にはめた剣道は没個性の象徴と戒め、権威主義には絶対反対しよう
4.進取の精神を持ちつつも、文化としての剣道の伝承に努力しよう
5.心と心の触れ合いを感じられる剣道を通し、多くの仲間を作っていこう
6.年齢、性別、段位にはとらわれず、『不老の剣』を目指そう
7.剣道を通した心の教育を実践し、『人格の完成』を目標としていこう出典:いちに会公式HP
これに沿って、大人のための基礎~応用に至る稽古会として「いちに会稽古会」を開催し、「効率のいい稽古メニュー」などの動画をYoutubeで公開するなど、新しいコンテンツの発信を始めています。
このように、今までのテキスト偏重の情報発信から、見える化された情報発信に変えていく必要があると考えています。
とはいえ、まだ私も本業をやりながらのサイト運営となっていますので、サイト全体の更新まで手が回っていないのが実情です。
ご覧いただいている皆様もお感じのことと思いますが、サイト自体もかなり古い形態のままアップデートされていない状況です。
今後とも「剣道の情報発信のハブ」として存在するべく、サイト全体もパワーアップさせる予定ですので、是非ともご期待ください。
<取材・文 永松謙使>