【月刊秘伝2023年10月号掲載】巻頭インタビュー”武道「マネタイズ問題」への挑戦”

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月刊秘伝,武道ツーリズム

累計催行回数500回を超える、国内トップの外国人向け剣道体験ツアー(武道ツーリズム)「SAMURAI TRIP」を主催している剣道家・永松謙使師は、「剣道×ビジネス」をテーマに、様々な事業を展開するベンチャー企業家である。

「武道はお金じゃない」との価値観も根強い中、「剣道経済圏構築」へ挑戦・奮闘する中で見えてきた、武道の価値、真の体験、そして伝えるべき本質とは!?「武道はお金じゃない」との価値観も根強い中、「剣道経済圏構築」へ挑戦・奮闘する中で見えてきた、武道の価値、真の体験、そして伝えるべき本質とは!?

取材・文◎藤田竜太

【Profile】

Nagamatsu Kenshi

1987年12月8日生まれ、東京都出身。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校・慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学卒業後、2010年4月に野村證券(株)に入社し、千葉支店に勤務。2014年4月より天王寺支店に勤務し、国内の個人・法人向けリテールを担当。2016年4月に野村證券(株)を退社し、(株)パークフォーアスを創業、現在に至る。2016年末に、「KENDO PARK」のサービスを開始。また、同年にKendo Experience Tour「SAMURAI TRIP」のサービスを開始。

【剣道歴】5歳より東競武道館(@東京都大田区)にて剣道を始め、以来慶應義塾中等部剣道部、慶應義塾高校剣道部、慶應義塾大学体育会剣道部、野村證券(株)剣道部に所属。

【主な実績】神奈川県高校剣道大会団体準優勝/関東学生剣道新人戦大会ベスト8/全日本実業団剣道大会ベスト16

◎剣道の裾野の広さと市場規模

─外国人向け剣道体験ツアー「SAMURAI TRIP」のお話を伺う前に、永松さんの剣道との出会いについて教えてください。

永松 はい。私が剣道をはじめたのは5歳の時でした。地元、東京大田区の東競武道館に入門し、中学、高校、大学と、ずっと剣道部に所属して活動してまいりました。好きで続けていましたが、文化としての剣道に惚れ込んでいたわけではなく、当時は学生の部活動として、「就活に有利」といった感覚でやっていたのが正直なところです。

 ただ剣道の裾野の広さは感じていました。どんな田舎にも剣道教室はありますし、大田区でいえばおよそ1000人が剣道連盟に登録している上、道場・クラブも数十あると思います。その中でも私が入門した東競武道館は、昭和四十六年の発足で、豊村東盛先生(現・範士八段)に指導をいただきました。

─大学卒業後は野村證券へ就職されたとのことですが、どんなきっかけで証券マンから「剣道」で「ベンチャー起業」を目指そうとされたのでしょう。

永松 会社に入社し、数年後、自分で独立したいと考えるようになり、中小企業の情報を集め、運営状態や決算情報を調べていったとき、剣道具店のデータが目にとまりまして。詳しく見ると、そこそこ市場規模(約100億円)があることがわかりました。剣道人口は、柔道人口のざっと10倍もあるんです(※国内の有段者だけで約170万人。柔道は約16万人)。剣道は子供から高齢者まで年齢層が広いのと、女性の参加者が多いのが強味といえます。全日本剣道道場連盟の登録者数を見ると、全体の30パーセントが女性です。さらに実際の道場の稽古を見ると、子供も大人も、男性よりも女性の方が熱心かつ、気迫があるように感じます。

 また近年は「リバ剣」といって、青少年期に剣道をやっていた人が、大人になって稽古を再開するケースも増えているので、潜在的にはもっと多いかもしれません。

─そうしたリサーチを経て、「剣道で起業」を決意したのち、最初に手がけたのは複数の剣道具メーカーを1か所に集めた「ECモール」=「KENDO PARK」だったわけですね。

永松 従来、剣道の剣道具や竹刀、道衣などは、地域の武道具店やスポーツ用品店で購入するのが一般的でした。これはユーザーにとっても比較検討する上で不便ですし、剣道具店にとっても販路が広がらずメリットが少ないと感じていたので、ファンション業界で頭角を現わしていた「ZOZO TOWN」をビジネスモデルに、日本最大級の剣道具通販サイトを作り、2016年4月に会社を立ち上げました。

※「武道ツーリズム」に関するお問合せ:samuraitrip07@gmail.com
剣道体験ツアー【SAMURAI TRIP】

◎旅先での出稽古と剣道未経験者の取り込み

─同年には早くも「外国人向け剣道体験ツアーSAMURAI TRIP」のサービスを開始されていますね。

永松 剣道って面白い世界で、他所の道場へ出稽古に行くのは、国内だけでなく海外の稽古場も含め、珍しくはないという土壌がありました。私自身、海外旅行の際、現地の稽古場を訪ね、練習に加えてもらったこともありますし、何を以て「ツーリズム」と呼ぶかにもよりますが、剣道具を担いであちこちの道場に行くというのは、遙か昔からみんなやっていたことなんです。

 昨今になって「武道ツーリズム」というフレーズが出てきたので新しい印象を受けますが、旅先あるいは転勤先の道場を訊ねるのは比較的ポピュラーなことでした。仕事で海外に赴任した人も、そこでコミュニティを作るのは時間がかかりがちですが、剣道をやっていると、地元の練習場に顔を出すだけで、すぐに仲間ができたり、「教えてくれ」といわれて指導者になっている商社マンなどはかなりたくさんいらっしゃいます。世界での剣道人口は、推定200〜250万人とも言われていますので。

 その一方で、剣道未経験者を剣道に引き込んでくることに関しては、全日本剣道連盟を含め、業界全体で受身過ぎたというか、苦手でして……。さらに剣道でマネタイズ(収益化)を考えたとき、剣道具の販売は剣道をやっている人しか対象ではなかったので、剣道で事業を成り立たせるには、未経験者が剣道に入ってくる道を広げることは大きな課題になるわけです。

 日本では2012年に中学校での武道必修化が完全実施となり、授業で剣道を学ぶ機会も増えましたが、それが剣道を始めるきっかけになっているかというと、そういう声はあまり聞かれません。また、町道場の現実に目をやると、稽古は平日の夜と週末に集中し、平日の昼間は空いています。道場だって不動産ですので、稼働率が低いと、店舗にしたり、マンションにした方がいいという話になってきます。

 そのことに気づいた私は、剣道未経験者で、これから剣道に関わり、なおかつ剣道にお金を使ってくれそうな人は誰なんだろう、と考えました。その結果、行き着いたのが、高齢者と外国人だったわけです。しかし、高齢者を集めるのは容易ではありません。身体的な問題もありますし、お財布だって緩くはありませんから。そんなとき、外国人旅行者を対象とした、短期間の忍者体験が受けているという情報をテレビで知りまして。調べてみると、剣道でもごく少数、不定期にそうした体験企画をやっているところがあったのですが、これなら確かに需要があるなと確信して、「外国人向け剣道体験ツアー」の事業化に乗り出した次第です。

スポーツ庁および外務省が展開する活動「SPORT FOR TOMORROW」にて、室伏広治長官より表彰される永松氏。室伏長官も剣道ポーズで記念撮影!

◎ライバルはマリオカート・猫カフェ!?

─外国人向け剣道体験ツアー「SAMURAI TRIP」は、すでに毎年2000人ほど利用者がいらっしゃるとのことですが、参加者はどんな方が多いのでしょうか。

永松 家族でもグループでも団体でも、全員が剣道の予備知識があるわけではありません。結局予約されるのは幹事さんお一人です。よく勘違いされるところですが、参加者全員が〝SAMURAI〟に興味があるのではないのです。10人のグループでしたら、幹事役の1~2人はよく調べていらっしゃいますが、残りの8~9割はただ連れてこられているだけなんです。

 結論からすると、私たちのツアーがターゲットにしているのは、公道でマリオカートに乗ったり、猫カフェに行ったり、着物の着付けをして写真を撮ったりしている人たちと同じです。「武道ツーリズム」と名付けてはいますが、我々と競合しているのは、柔道でも空手でも忍術でもなく、茶道体験やロボットレストランなど、外国人旅行者に人気のあるアクティビティプランで、いわゆる日本滞在可処分時間の奪い合いを行っているのが現状です。いわゆる観光業なので、武道的発想とはまた違います。

─武道は生涯続ける「道」ですよね。

永松 そうなんです。でも海外からの旅行客は、あらゆる体験型アクティビティと武道体験を比較しているので、発想の転換が重要でした。だからといって、日本にまで来てもらって、〝剣道もどき〟を体験して、「本場で剣道を学んだ」といわれても困るんです。私たちが重視しているのもまさにそれで、「剣道を正しく広く伝える」。これはウチのツアーの大きなテーマです。そのために環境やオペレーション、プログラムに工夫を凝らし、バランスをとったうえで、参加者の満足度を上げることを目指してきました。

※「武道ツーリズム」に関するお問合せ:samuraitrip07@gmail.com
剣道体験ツアー【SAMURAI TRIP】

◎武道ツーリズムの「実例ノウハウ」を大公開!

─集客にあたってのコツなどはありますか?

永松 いろいろありますが、まずは外国人向けの予約サイトで募集をかけています。個人の参加者は予約サイト経由での申し込みが一番多いですね。逆にいえば、自社で「SAMURAI ○○」といったHPや動画を作って募っても、効果はほとんど期待できません。私たちだって、海外旅行に行くときは『地球の歩き方』やそれに類似する情報メディアにアクセスしますよね。それと同じでロンリープラネットや、トリップアドバイザーなど大手旅行ガイドに紹介記事を掲載し、個人客を集めています。

 一方、団体客は旅行会社経由が多いので、「剣道体験ができますよ」と旅行会社に営業をかけて売り込みをしたり、海外のエージェントにも特徴をアピールすることを心がけてきました。現時点でもざっと500社以上とはつながっています。

─個人と団体客の割合は?

永松 ちょうど50:50ぐらいです。当社では東京、大阪、沖縄の3ヶ所を拠点に剣道体験ツアーを実施していますが、オペレーションは個人向けも団体向けも基本的に同じです。要は、「人と物と場所」の手配ができれば、日本中どこでも開催可能なのです。

─一回にどれぐらいの規模で行っているのでしょうか。

永松 一度に5人程度まででしたら1人の講師で対応しますが、それ以上となると、人数に応じて講師を配置しています。最大200人ぐらいまでは対応しています。大人数に対応しているアクティビティは少ないので、「50人でもOK」というと重宝されます。

 個人向けの体験場所については、前述の通り、平日の昼間、町道場の空き時間帯をお借りしてという形が多いですね。竹刀や道衣、剣道具などは当社で手配しています。

─外国の方は身体がものすごく大きい人もいるので、剣道具や道衣を手配するのは大変そうですね。

永松 ええ。でもトレーニングウェアで体験してもらうという発想はありませんでした。彼らは写真を撮りたいと思っていますし、そのことを重視しています。「道衣を着て、道場で体験する」のと「体育館でジャージでやる」のとでは、まったく体験の質が違いますから。

 一方で、「剣道としての正しさ」(本質を外さない)と「ゲストの満足度」をどこで折り合いをつけるかは、試行錯誤の連続でした。例えば、外国の方は体型的に正座ができない人もいます。そうした場合、「礼」はしてもらうけど、「正座」は強要しないとか。最低限「礼」や「残心」などは欠かせませんが、細かいところはゲストの満足度と天秤にかけて調整が必要でした。

 実際のプログラムは、1回2時間が基本です。2時間のなかで、基本、構え、「面」「胴」「小手」の打ち方、「礼」や「残心」など武道的なカルチャーをベースにしつつ、最後に模擬試合を体験してもらうのが大きな特徴です。やはり剣道具を着用して、竹刀を持って、最後は実際に戦ってみる。このまねごとではない部分こそが剣道のバリューだと考えています。そのためには怪我をしないような流れにするのが前提です。これはノウハウがいる部分です。いくら武道修練といっても、旅行中のゲストが怪我をするのは最悪ですし、お金を払った人が嫌な思いをして帰ったら意味がないので、安全性は最優先です。

◎体験者の問いから省みる「武道の本質」

─今後の構想について教えてください。

永松 こうした剣道体験ツアーの参加者が、剣道具を購入して帰国したり、母国で実際に剣道をはじめた例はいくつもあります。そういう意味で私が掲げた「剣道の経済圏を構築する」というテーマには、少なからず寄与できていると自負しています。ただ、まだまだECモールとインバウンドツアーが直接リンクしているところまでは行っていないので、それが上手く循環するようにしていきたいです。剣道界だけでなく斯界全体が、武道でマネタイズ(収益化)することになれていないので、そこから逃げずに、きちんと事業を立てつつ、ツアーに参加した人が剣道具を買って、また剣道をやるために日本に来て……といった、武道振興へつながるサイクルを構築していきたいですね。

 また個人的には「SAMURAI TRIP」をやるようになって、剣道の修行も深まってきて、学生時代は素通りしてきた剣道の歴史や、武道の定理というようなことまで考えるようになってきました。というのも、ゲストと接することで自分の不勉強さを思い知らされることに直面してきたからなのです。

 例えば、剣道具を装着する際に渡す手ぬぐいに書いてある「百錬自得」「文武不岐」「不撓不屈」「無心」といった漢字の意味について、外国人のゲストから質問を受けることがあります。またあるときは、「なぜ右手を前に構えるのですか」「左利きの人は左手が前でいいんですか」と聞かれたこともありますし、「なんで竹刀(大人用)はこの長さ(3尺9寸)なんですか」「袴のひだは何のためにあるのか」といった質問を受けたとき、きちんと答えられないことが少なからずありまして……。

 自分は子供のときから剣道をやってきたので、当たり前だと思い込み、考えたことがなかったようなことでも、彼らにとっては疑問であり、それに答えられないのは恥ずかしいなと。学生時代は、「どうやって試合に勝つか」という思案はしてきましたが、「なんでこうしなければならないのか」といった部分は、ずいぶんおざなりしてきてしまったなと。それでもっと歴史や根本の部分を勉強し直そうと思ったことも、「SAMURAI TRIP」の思わぬ収穫でして、自分の剣道の質的向上にも役立っていると思います。

 これらの体験は、自分の稽古にも後々生きてくるでしょうし、最終的に剣道を学んでいる人全体がそうなってきたら、剣道・武道の本質も再定義されるのではないでしょうか。私は今でも週に1~2回は東競武道館に通って稽古を続けています。やはり私の腕が鈍ってしまうと、ゲストの体験の質も落ちてしまうので、普段の稽古は大事にしているつもりです。

実践者として、剣道の本質を伝えながら、体験者を増やし、裾野を広げていくために、これからも視野を狭めず工夫し続けていきたいです。

※「武道ツーリズム」に関するお問合せ:samuraitrip07@gmail.com
剣道体験ツアー【SAMURAI TRIP】

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