▼スペシャルインタビュー▼
第2部「剣道家をトップアスリートに」
〜剣道日本代表トレーニングコーチ 高橋健太郎〜
剣道日本代表の選手強化に、情報解析を取り入れた高橋氏。
選手をさらに上のフェーズに押し上げる取り組みをお伺い致しました。
(以下 KENDO PARK=KP 高橋健太郎氏=高橋)
-高橋健太郎-
1972年生 群馬県出身 学術博士
2006年の世界剣道選手権台湾大会より、トレーニングコーチの一人として代表選手団に帯同し、以後全大会で剣道日本代表トレーニングコーチを歴任。
2013年より関東学院大学剣道部部長。
現在関東学院大学理工学部教授、日本オリンピック委員会選手強化委員、全日本剣道連盟強化訓練講習会講師、一般社団法人日本剣道振興協会理事等、多数の役職をこなす。
剣道教士七段(2018年10月現在)
※前回まで:第1部「剣道の最先端を突き進む」
|全方位型の情報収集
KP:
2009年世界剣道選手権ブラジル大会後の、選手強化の進化について教えてください。
高橋:
ブラジル大会後から、韓国とアメリカ以外のチームのスカウティングも開始いたしました。
ブラジル大会で全試合の撮影を行うと同時に、ヨーロッパの強豪チームを絞り込み、選手情報を集めたり、ヨーロッパ選手権の映像を収集するなどを行いました。
この頃から、全剣連では人事的な国際交流も盛んになり、韓国SBS杯、全米選手権、ヨーロッパ選手権には視察専用の座席を用意して頂けるようになりました。
もちろん逆も然りで、現在全日本剣道選手権では韓国チームが招待されています。
そもそも当時すでに、個人が撮影した日本チームの映像がYoutube上に多数掲載されていました。
海外の各チームはそれらの映像を相当研究していたようで、それが技術的な向上や日本チームに対する精神的プレッシャーを弱めていたのは間違いないと思います。
KP:
世界選手権の直近2大会は、日本と韓国での開催でした。
高橋:
2015年の東京大会あたりからは、Youtube上でも各国の試合動画がアップロードされていました。
SNSで海外の選手とのコネクトも容易になっていたので、こちらから出向いて情報収集するというよりは、徹底したネット検索で情報収集を行いました。
集めた動画ファイルも、各人に端末で配布するのではなく、専用のパソコンやDropboxの共有ファイルで選手間に情報共有致しました。
情報の共有が容易になったことで、各選手単位ではなく選手全員での共同ミーティングでの動画分析を行うようになりました。
これにより、以前よりも多面的に相手選手の特徴を把握できるようになったと思います。
|相手を知り、自分を知る
KP:
東京大会からは若手選手の起用も目立ちます。
高橋:
2015年の東京大会では、男子では大学生3名を含む20代前半までの選手が数多く選出されました。
今年(2018年)の韓国大会でも、男女ともに若手選手主体のチーム編成となりました。
※参考記事:【動画あり】第17回 世界剣道選手権(’18)結果・メンバー一覧
彼らはデジタルリテラシーが高い世代ですので、自分で情報を取って戦略を立てることができます。
日頃から空き時間を見つけては、スマートフォンを使って相手選手の映像のみならず自分の試合映像も見ています。
これにより、大会全体へのプレッシャーや会場の雰囲気に飲み込まれることなく、相手との勝負に集中できていたと思います。
KP:
試合分析以外に行っている施策はありますか?
高橋:
私の主な仕事はトレーニングのコーチなので、選手の基礎体力測定は、定期的に行っています。
私自身がスポーツバイオメカニクスを専門としているのもあり、各選手ごとに体力データを根拠としたトレーニングメニューを提案したり、相談に乗ったりしています。
これらのデータを集めることで、色々なことが分かってきました。
例えば、「特別選抜講習会(通称:骨太)」選抜メンバーと代表強化選抜メンバーの数値を比べると、後者の方があらゆる数値で上回っていました。
これにより、どこの筋力を強化したらよいか等がわかるようになってきたので、稽古外のメニューとして敏捷性・柔軟性・体幹等の強化メニューを入れることができるようになりました。
また育成年代の選手には、必要なフィジカルレベルを提示することができるようになり、代表強化選手には所属チームに戻っても効果的なフィジカルトレーニングを提示できるようになりました。
実際、直近2大会で日本代表に入っている、西村選手(現熊本県警)、安藤選手(現北海道警)、竹ノ内選手(現警視庁)などは、自主的にフィジカル強化を行ったこともあり、外国人選手と当たってもフィジカルコンタクトで負けることはなくなりました。
KP:
身体についての知識啓蒙も行っているのですね。
高橋:
相手選手を知ることも大事ですが、自分の体について知ることも同じくらい大事だと考えています。
選手に対しては単なる知識だけではなく、「なぜトレーニングをするのか?」「トレーニングすると、体はどうなるのか」等のベースとなる理屈から説明しています。
これにより、体のケアや栄養、コンディション作りについても、相当意識が高まってきていると思います。
加えて今の若い選手たちは情報収集能力に長けているので、他競技のアスリートの情報等も収集して剣道に効果があるかどうか質問をしてくるようになりました。
10年程前と比べると、試合へのアプローチは大きく変わったのではないかと思います。
|トップアスリートとしての意識
KP:
選手強化のさらなる進化に、必要なことは何でしょうか?
高橋:
我々サポートチームとしては、選手に「トップアスリートとしての自覚」を植えつけていきたいと考えています。
わかりやすい例で言うと、ドーピングへのケアです。
あまり知られていませんが、世界選手権はもちろんのこと、国体や全日本選手権等の主要大会では、全てドーピング検査があります。
全日本剣道選手権でいえば、ベスト4以上に勝ち上がった選手は、全員検査対象となります。
ドーピングの知識は本当に専門的ですので、風邪を引いた際の薬の処方から、差し入れの選定まで、ドクターと連携しかなり事細かに指導しています。
また以前他競技でもありましたが、飲みかけのペットボトルに禁止薬物を入れられることもあるので、試合場や合宿中に一度開封した飲み物は、その後飲まない等の対策も指導しています。
これらにより、日頃からトップアスリートであることの自覚が芽生えればよいと考えています。
KP:
選手とのコミュニケーションは、どのようにとっているのですか?
高橋:
私は剣道の指導者ではなく、あくまで剣道以外の面のサポートが役割です。
そのため、選手にとって「気が置けない存在」「頼れる兄貴分」のような存在でありたいと考えています。
選手とは普段からフランクに話しますし、合宿では必ず参加者全員と会話することを心がけています。
また選手だけでなく、監督など指導陣からも信頼されるようにならなければ、と思っています。
実際のところ、付き合いの長い選手も多いので、歳の差を感じずに話せていると思います。
例えば安藤選手などは、「特別選抜講習会(通称:骨太)」を通して高校生の頃から付き合いがありますし、誕生日が同じ日ということもあって、一緒にお祝いをして頂いたりしています。
このように近い目線でコミュニケーションをとることで、選手の本音を聞くことができます。
選手のコンディションや感覚を聞くことができれば、我々にとっても貴重なノウハウとなって積み上がっていくので、コミュニケーションはとても大切な要素だと考えています。
KP:
今後の展望を教えてください。
高橋:
韓国での世界選手権が終わったばかりですが、すでに全日本合宿も「特別選抜講習会(通称:骨太)」合宿もスタートしています。
今後も選手のサポートをしつつ、剣道自体をより一段と高いフェーズに押し上げるお手伝いが出来れば良いと考えています。
これからも、剣道日本代表チームの応援をよろしくお願いいたします。