▼スペシャルインタビュー▼
第1部「剣道の最先端を突き進む」
〜剣道日本代表トレーニングコーチ 高橋健太郎〜
長年剣道日本代表のトレーニングコーチを担当され、スポーツバイオメカニクスの権威でもある高橋健太郎先生に、最先端の選手強化とその裏側をお聞きいたしました。
(以下 KENDO PARK=KP 高橋健太郎氏=高橋)
-高橋健太郎-
1972年生 群馬県出身
2006年の世界剣道選手権台湾大会より、トレーニングコーチの一人として代表選手団に帯同し、以後全大会で剣道日本代表トレーニングコーチを歴任。
2013年より関東学院大学剣道部部長。
現在関東学院大学理工学部教授、日本オリンピック委員会選手強化委員、全日本剣道連盟強化訓練講習会講師、一般社団法人日本剣道振興協会理事等、多数の役職をこなす。
剣道教士七段 学術博士(2018年10月現在)
|剣道のトレーニングに科学を
KP:
剣道日本代表に関わるようになったのはいつからですか?
高橋:
一番最初に世界剣道選手権に関わったのは、京都で行われた1997年の第10回大会だったでしょうか。
もともとスポーツバイオメカニクスという分野を研究していた縁で、全日本剣道連盟の仕事にも関わるようになったのがきっかけです。
しかし実際は選手への帯同ではなく、全日本剣道連盟の医科学委員会の仕事で行きました。
大学時代の恩師が医科学委員をしていましたので、そのお手伝いという形でした。
※スポーツバイオメカニクス
解剖学・生理学・力学を応用して、身体の動きの巧みさ、美しさ、また効率的な動きを解明しようというスポーツ科学の一分野。
出典:デジタル大辞泉
目的はあくまで「安全な剣道具の研究」でした。
当時は剣道具の明確な規格が全く無い時代でしたし、外国人剣士が一斉に来日するケースも少なかったので、外国人向けの剣道具の研究のため、彼らのサイズや骨格を測定してデータを持ち帰りました。
参考記事:【’97 世界剣道選手権の回顧録】全日本剣道連盟副会長 福本修二
KP:
その後、選手強化に携わるようになります。
高橋:
2003年グラスゴー大会から、トレーニングコーチが制定されました。
その一員として、2006年台湾大会前の合宿から日本代表選手団に帯同するようになりました。
当時は全日本剣道連盟の強化委員会ですら設立ばかりでしたので、選手のケアやトレーニング系の部門がありませんでした。
そこで、選手の稽古以外でのトレーニングや、怪我のケア等を担当するようになったのが始まりです。
グラスゴー大会後は強化合宿の回数も増加し、合宿も男女別に開催するようになったので、圧倒的に人手が足りなくなってきました。
そこで、選手のサポートチームとして稽古内外のあらゆることを担当するようになり、そこからかなり密接に選手団に関わるようになりました。
|「日本の敗北」が転機に
KP:
大会を重ねるごとに、選手強化も変わってきましたか?
高橋:
そうですね。
次世代の剣道を担う中心選手を育てようと、2005年に「特別選抜講習会(通称:骨太)」という若手選手育成プログラムが立ち上がりました。
高校生から25歳までの選手を対象に、学生から警察官までの各カテゴリから優秀な選手を選抜し、2年1期入れ替えなしの定期合宿を行うプログラムです。
現在の日本代表メンバーにも、このプログラム出身の選手が出てきています。
若年代からの育成が、少しずつ結果として表れてきています。
※「特別選抜講習会(通称:骨太)」の目的
全国から青年層の中核となる剣士を選抜し、剣道水準の向上を図るため特別訓練を実施する。
(我が国の伝統と文化に培われた高い水準の本質的な地力を備えた、骨太の剣士を育成するものとする)
この講習会は、長期的展望に基づき我が国の基幹となる剣士、および、日本を代表する選手を育成する目的を持って行われるものであるから、講習生は一定期間継続的に指定するものとする。(約2年間)
出典:一般財団法人 全日本剣道連盟
KP:
代表チームの強化はいかがですか?
高橋:
やはり2006年の台湾大会で、男子チームがアメリカに敗れたのは大きかったですね。
実は2003年グラスゴー大会の決勝では、韓国相手に代表戦までもつれ込みました。
しかし2006年の台湾大会に向けての強化においても、他チームの映像収集や分析等は一切行っておりませんでした。
それが原因かはわかりませんが、台湾大会の男子団体では準決勝でアメリカに敗退いたしました。
明らかに実力では上回っていたものの、次鋒戦を落としてから「あれよあれよ」とリズムを立て直せないうちに敗れたという試合展開でした。
※参考記事:【ジャイアントキリングの科学〜Team USAの奇跡(1)〜】剣道日本編集長 安藤雄一郎
この反省を生かし、台湾大会後から他国の情報や映像収集を開始いたしました。
いわゆる「スカウティング」によるチーム強化です。
|情報解析が変える選手強化
KP:
どのように情報を集めたのですか?
高橋:
情報解析で先行している柔道を手本に、全日本剣道連盟情報委員会と連携しながら、映像収集をメインに行いました。
当時は今ほどYoutube等の媒体やSNSも発達していませんでしたので、とにかく現地に足を運んでの情報収集でした。
そのため、世界中のチームの調査は不可能であると考え、最大のライバルである韓国チームと、台湾大会で敗れたアメリカチームにターゲットを絞ってスカウティングを開始しました。
具体的には、まず各チームの来日情報を集め、韓国であれば学生の日韓交流戦の撮影へ行き、あわせて福島や熊本遠征、神奈川県剣道連盟の交流戦等の映像入手を行いました。
KP:
映像分析はどのように行ったのですか?
高橋:
各選手が、相手の映像をすぐに見られるように整備いたしました。
当時フェンシングチームがipodを使って試合映像を共有していたのを参考に、選手全員分のipodを購入し、試合映像を入れて全選手に配布いたしました。
配布する映像は、ある程度各選手の要望に合わせて編集し、相手の一本取得シーンや自分の一本取得シーン等も、希望に合わせて入れるようにいたしました。
この取り組みにより、思わぬ発見がありました。
それは、日本代表クラスの選手となると、選手自身で試合のシュミレーションを完璧に行っているということです。
それは映像の要望によく表れました。
例えばある選手からは、「この相手には、3分頃に小手を取ると思うので、その前段階の時間帯の映像が欲しい」というものや、「自分の一本シーンを全てまとめて欲しい」というものまで、かなり具体的なものばかりでした。
つまり彼らは、自分の中ですでに試合展開や組み立てが出来ており、そこに必要なリソースや情報を欲しがっていました。
逆に言うと、分析自体は我々がやるよりも、彼ら自身で相手の攻略法を考えてもらう方が良いと判断し、我々は剣道以外の面のサポートと、情報提供に徹することに致しました。
このスタイルは、基本的には今でも変わっていません。
結果として、2009年の世界剣道選手権ブラジル大会では、全部門で優勝を果たしました。
スカウティングがどこまで効いていたかはわかりませんが、シュミレーションが具体的にできたことで、「よく分からないうちに負けてしまった」という状況は回避できたと思います。
ここから情報解析を用いた選手強化は、益々発展していきます。。。