▼剣道日本復刊記念コラム▼
「ジャイアントキリングの科学 〜Team USAの奇跡(1)〜」
〜剣道日本編集長 安藤雄一郎〜
月刊剣道日本の編集長安藤雄一郎氏より、記事を寄稿頂きました。
今回はその第一弾を掲載いたします。
今後継続予定でございますので、是非ご期待ください。
|剣道で生まれた世紀の「番狂わせ」
「番狂わせ」英訳すれば「Giant killing」は、観客を熱狂させる最大級のものといえるだろう。
日本のスポーツ界における最近の番狂わせといえば、ラグビーワールドカップの「対南アフリカ戦」であったり、リオオリンピックの400mリレーでの銀メダルを思い浮かべる。
では剣道の世界での「番狂わせ」といえば何が思い浮かぶだろう。
いくつか浮かぶもののなかから、そのひとつを今回は取り上げる。
私にとって最大の番狂わせは、2006年世界剣道選手権大会、男子団体戦準決勝「日本対アメリカ」である。私はその現場に居あわせた。
日本代表は全員警察官。
団体戦に出場していた5選手は警視庁、神奈川県警、大阪府警で占められ、まさに日本の最高レベルの組織から集められた選手だ。
彼らは「警察官」ではあるが、実質的には毎日稽古ができる環境に置かれている。
|ハングリー精神が生んだチーム力
一方のアメリカには「プロ」はいない(剣道の世界において、”プロ”に近い選手形態が存在するのは日本と韓国だけである)。
全員が何らかの仕事を持ちながら、時間を割いて剣道に打ち込む剣道愛好家である。
たしかにアメリカは世界大会に向けてかなりの強化を図ってきた。
大会の1年ほど前から2週に1度、金曜夜から3日間の合宿を組んだ。
彼らは普段、週2・3日の稽古しかできない。
そんな稽古不足を補うために合宿を組んだ。
しかも、広大なアメリカにおいては、そんな合宿を実施するのも簡単ではない。
合宿地になるのは、代表選手の多くが暮らすロサンゼルスになることが多かったが、片道2時間程車を運転する選手もいた。
もっともつらいのは、東海岸のニューヨークに暮らす選手である。
金曜の夕方に仕事を終えるやすぐ飛行機に飛び乗る。
数時間をかけてロサンゼルス空港に到着後即座に稽古場へ向かう。
すると、時差の関係で、夜の稽古時間に駆け込むことができるのである。
日曜日は稽古を終えた夜にロサンゼルスを出発する。
ニューヨークに着いたら現地は朝になっているため、そのまま勤務先へ向かうのである。
ただ集まるだけでも、日本とは比べものにならない大変さである。
しかし、それがかえってチームの結束力を高めたといえる。
世界大会の当日。アメリカの志気を一気に高めたのが、準々決勝の対カナダ戦だった。
両国はつねにライバル関係にあり、カナダも闘志をむき出しにして戦い、2─2で大将戦を迎えた。
ここでアメリカの大将を務めていたクリストファー・ヤングが、カナダの大将マシュー・レイモンドから二本勝ちし、アメリカが接戦を制した。
マシュー・レイモンドは二刀流の選手で、二刀流に勝つことは日本人であってもかなり難しい。
その難敵を撃破したことでチームの結束力がさらに増したのである。
試合後、副将を務めて負けたマーヴィン・カワバタがクリストファー・ヤングに向かって「オレが盛り上げてやったんだ」と冗談めかして言ったそうだ。
準決勝を目前にしたアメリカの気合は、たしかにものすごいものがあった。それでも、である。
日本はベスト4に上がるまでの全試合で5─0の圧倒的な勝利を積み重ねていた。
2000年の世界大会でもカナダを前に大将戦に持ち込まれた経験はあったが、今回のメンバーの顔ぶれを見る限り、そのような事は起こりえない、と思っていた。
取材・文:安藤雄一郎