▼スペシャルコラム▼
「”洋剣道”から学ぶ”剣道”の価値」
〜フェンシング界の挑戦〜
オリンピックメダリスト太田雄貴氏のもと、競技普及のため大改革に挑んでいるフェンシング。
この度、太田氏より「第70回全日本フェンシング選手権」に招待いただきましたので、剣道と比較しながら競技普及の形を探りました。
※本記事をご覧いただくにあたって
KENDO PARKでは、剣道の五輪競技化等に対しての意見表明は一切しておりません。
あくまで競技普及の観点からの考察となりますので、あらかじめご了承ください。
|明確な目標を持つ
フェンシングは日本名“洋剣道”とも呼ばれる競技です。
スポーツ的観点から言うと、実は剣道家が思っているよりも、競技性は似ています。
・ほぼ剣道と同じ足さばき(=ステップ)
・剣を用いたせめぎ合い
実際にフェンシングの日本代表候補選手のなかには、剣道から転向した選手も数多くいるそうです。
そのフェンシングですが、太田雄貴氏が日本フェンシング協会の会長に就任して以来、「2017年時約6,000人の競技人口を、10年後には5万人にする」という明確な目標を掲げています。
※剣道人口に関する記事:「私も昔剣道やってたんだよね!!という人の多さ」
太田雄貴氏主導のもと、この目標を達成するために様々な改革を行っています。その一つが、今回お伺いした第70回全日本フェンシング選手権です。
様々な施策の数々を、剣道と比較しながらご紹介いたします。
|徹底した観戦初心者目線
国内で行われるほとんどの剣道大会が、補助金に頼っているのをご存知でしょうか?
フェンシングもかつてはそうであったとのことですが、それでは永続性がないということで今大会では様々な試みが行われました。
施策1)日程調整
フェンシングには、「フルーレ」「エペ」「サーブル」のルールの異なる3種目があります。
同日内に各種目決勝まで行っていましたが、今大会では最終日に各部門の決勝戦のみを行う日程に変更いたしました。
これにより、初観戦者が「試合に飽きる」ことがなく、また全試合で優勝者が決まるため盛り上がりやすい雰囲気が作られました。
剣道に置き換えると、道場連盟全国大会、インターハイ男子女子、全日本女子剣道選手権、全日本剣道選手権の決勝のみを集めて開催するというイメージでしょうか。
現在全日本剣道選手権では、準々決勝から1コートのみで行われます。
これにより会場の視線が分散せず、独特の荘厳な雰囲気の中で試合が行われます。
広い日本武道館の中で、たった2名の選手の竹刀の音や声のみが響く様は、他の競技ではほぼ見られないでしょう。
個人的な感想では、剣道の方が観客を含めた雰囲気作りはできているように感じます。
施策2)チケット料金の値上げとバリエーション増加
値上げに対しては、必ず「来る人が限定されてしまうのでは?」という意見が出ますが、
「千円で高いと思う人は2千円でも500円でも来ない。安くてよかったっていう経験って、実はスポーツではあんまりない。逆にいかに付加価値をつけられるかが大事」
太田雄貴氏談
という発想のもと、大幅な値上げと座席別販売を行いました。
注目すべきは、SS席として会場見学・競技解説・メダル見学等を含む、「フェンシング満載ツアー」をつけたことです。
「いかにフェンシングに高い関心を持ってもらえるか」を徹底して考えた内容になっています。
3,000円で世界最高レベルの技術と、オリンピックのメダルが見られるとなれば、相当魅力的に感じます。
結果として、値上げにもかかわらず前年まで300名前後だった来場者が、大会最終日には約1,600名を記録いたしました。
※全日本フェンシング選手権のチケット料金表
アリーナSS席 3,000円(事前解説・メダル見学等含む)
アリーナS席 2,500円(スポンサー提供オリジナルグッズ付)
アリーナA席 1,500円(スポンサー提供オリジナルグッズ付)
一方全日本剣道選手権ですが、もともと競技人口が多いこともあり、来場者8,000~1万名の間で長年推移しております。
目立ったプロモーションもなく、ここまで集客できるのもすごいですが、一方で国内のほとんどの剣道大会が補助金や助成金に頼っていたり、予算不足に陥っているのが現状です。
剣道宗主国の日本において、その中の最強選手を決める大会としては非常にリーズナブルに感じます。
また、選手や試合会場に直接触れるような取り組みは少ないです。
試合後の簡易サイン会は設置されているようですが、試合会場を見学したり天皇杯を見学する等の施策があっても良いかもしれません。
※全日本剣道選手権のチケット料金表
アリーナ席 指定席 6,000円 試合場目の前
1 階 席 指定席 3,000円 地上1階
2 階 席 自由席 1,000円 地上2階
施策3)初心者向け競技解説
先述の「フェンシング満載ツアー」に加えて、観戦初心者向けにすべての試合前に太田雄貴氏自らによるルール説明コーナーを設けました。
さらに現役選手による「大会限定ラジオ放送」も実施し、ポータブルラジオ(有料)を購入すれば誰でも現役選手による試合解説を聞くことができました。
実はフェンシングも剣道同様、一部のルールが素人にはかなり難しく、(ex. “攻撃権の移動”等)観戦初心者にとってこれらの施策はかなり助かりました。
一方全日本剣道選手権では、テレビ放映では簡易的なルール説明や解説があるものの、「観戦者が剣道玄人であること」を前提としているので会場では素人観戦者はかなり苦労するのではないかと想像できます。
正直なところ、私自身も子供の頃にテレビの全日本剣道選手権を見て、「よくわからないな・・・」と感じていたのを覚えています。
仮に館内ラジオやPodcast等で、現役選手からの解説を聞くことができたら、素人の方も剣道経験者の方もより一層理解が深まるのではないかと思います。
施策4)演出やアクティビティ
今回の全日本フェンシング選手権では、試合コートと選手が身につけるマスクにLEDを装備し、遠目でも勝敗がよくわかるようにしました。
またDJを配置し、音楽や軽快なトークでお客さんを盛り上げる施策が盛り込まれていました。
肌感覚ですが、プロバスケットボールリーグのBリーグに近い演出であったように思います。
会場の外には、VRで太田雄貴氏と実際に戦えるコーナーが設けられていました。
実際に体験してみたところ、単なるアクティビティのみならず機械学習等と組み合わせれば選手強化にも使えるのではないかと感じました。
剣道には「エンターテイメント的演出」は全くそぐわないのですが、会場外でのアクティビティやVRの活用などはかなり転用できるものがあるのではないでしょうか。
特にVR活用は、今後オールジャパンや大学チームでの選手強化に十分使えるリソースであると感じました。
|剣道の持つ価値とは?
このように第70回全日本フェンシング選手権では、太田雄貴氏主導のもと様々な革新的施策が行われました。
これらはすべて、「競技人口増加」という明確な目標があるために考案されたものです。
一方で全日本剣道選手権と比較すると、いかに剣道が完成された素晴らしいものかを改めて感じました。
・独特の荘厳な雰囲気(特に準々決勝以降)
・「世界最強国の中のさらに最強剣士を決める」という権威付け
・安定した集客力
これらは剣道に携わってこられた先人たちが、長い年月をかけて築き上げてきたものです。
しかし問題点として浮かび上がってくるのが、
・予算上の自走が難しい(=永続性がない)
・来場者数が長年あまり増えていない(=日本の人口減に勝てない)
ということです。
剣道が次のステージに上がるには、付加価値を提供及び発信して、これらの問題点に正面から挑むことにあると思います。
日本には剣道を好きな方がたくさんいらっしゃいます。
だからこそ、皆様と共にこれからの剣道のあり方を考えていきたいと思っております。
ご参考: