▼オリジナルコラム▼
「全日本剣道連盟のおサイフ事情」
大会の主催や昇段審査等、剣道全体の運営を統括している全日本剣道連盟。
連盟がどのように運営されているかは、案外知られていないものです。
ここでは、「お金・財政面」からその活動を紐解きます。
一般財団法人 全日本剣道連盟
武道団体の統括と振興を行う組織として、明治時代に設立された「大日本武徳会」が前身。
戦後の武道禁止期間であった1950年に、「全日本剣道競技連盟」として設立。
1952年に全日本剣道連盟を結成。
1972年に財団法人化。
2012年に現在の一般財団法人へ移行。
会長は張 富士夫氏。
(2019年2月現在)
全日本剣道連盟は、日本の伝統文化に培われた剣道、居合道及び杖道(以下「剣道等」という。)を各統轄する団体で、日本を代表する唯一のものとして、広く剣道等の普及振興、「剣の理法の修錬による人間形成の道である」との剣道理念の実践等を図り、もって、心身の健全な発達、豊かな人間性の涵養、人材育成並びに地域社会の健全な発達及び国際相互理解の促進に寄与することを目的としています。
出典:全日本剣道連盟
|年間1億円前後の赤字
「昇段審査料って高くないですか?」
剣道を学ぶ者であれば、一度は持った疑問ではないでしょうか。
昨今、アマチュアスポーツの連盟組織に厳しい目が向けられていることもあり、「我々は搾取されているのではないか?」ということを耳にすることもあります。
一方で、実際に剣道を統括する全日本剣道連盟がどのように運営され、何をしているかを知っている人は少ないのではないのでしょうか。
全日本剣道連盟は一般財団法人であるため、法的義務として決算情報を毎年一般公開しております。
この資料をもとに、全日本剣道連盟の活動を財務の面から考察します。
参考記事:【次世代への継承に向けて】全日本剣道連盟基本計画を徹底解説!
1. 一般社団法人とは?
出典: 協会のはじめて
一般社団法人は、2006年に始まった公益法人制度改革によって、それまでの社団法人に代わって設けられました。そして、2008年12月に施行された『一般社団法人及び一般財団法人に関する法律』をもとに設立された社団法人のことを指します。
従来の社団法人は設立許可を必要としていましたが、一定の手続きと登記を経れば、官庁の許可を得なくても誰でも設立することが可能です。また、設立後も行政からの監督や指導がありません。
非営利法人であるけれども、事業内容は公益を目的に制限されていません。営利法人である株式会社などと同じように、収益事業や共益事業なども行うことができます。
ただし、営利法人である株式会社と異なり、設立者に剰余金または残余財産の分配を受ける権利はありません。つまり、利益分配はできません。そのような趣旨の定款は無効となります。
全日本剣道連盟の年間予算は、7~8億円です。
剣道人口170万人(有段登録者数)を束ねる組織として、少ないと感じますでしょうか?多いと感じますでしょうか?
これに対し実際の年間収支は、年間経常収益が約7~7億5,000万円程度、年間経常費用が約8~8億5,000万円程度です。
つまり、年間1億円前後が赤字の状況です。
一方で、短期性金融商品(=国債などの預金に近い安全な金融商品)や、積立金等で、合計15~16億円程度の資産規模を所有します。
財務諸表を見ると、「有価証券」で約5億円、「道場建設積立金」で約4億円というのが、それにあたります。
東京都内に大規模道場を造成するとなると、10億円単位にはなると考えられるので、本当に道場造成費用なのであれば、「道場建設積立金」というものは当面活用できない資金となります。
つまり、蓄えた預金性資産を取り崩しながら、運営しているというのが実際のところではないでしょうか。
参考:【2017年収支状況】
経常収益計:718,387,313 円
事業費計:753,686,310 円
管理費計:127,386,722 円
経常費用:881,073,032 円
収支計:▲110,043,857 円
※全日本剣道連盟発表資料より抜粋
|収益構造
組織を運営するためには、必ず一定の「収益構造」が必要となります。
全日本剣道連盟は、「剣道」のほか「居合道」「杖道」も統括しているため、これら全ての事業を運営しています。
ここでは、全日本剣道連盟の収益構造を見ていきましょう。
参考記事:【次世代への継承に向けて】全日本剣道連盟基本計画を徹底解説!
昇段審査による収益
全日本剣道連盟の最大の収益源にして、日本の武道(及びスポーツ界)を代表するライセンス制度と言えるのが「昇段審査」です。
昇段審査事業において、主なコストは「審査会場費用」「審査員人件費」「免状印刷代」と、事業規模の割に小さいので、全日本剣道連盟のみならず各地域の貴重な収益源となっています。
昇段審査に関わる、年間の収入は約5~5億5,000万円ということろです。
この収益には、受審する際の受験料として徴収する「審査料」と、審査合格後に徴収する「登録料」というものがあります。
このうち審査料が、約20%の1~1億5,000万円、登録料収益が約80%の約4億円を占めます。
尚、剣道においては、全日本剣道連盟は「六段以上」の審査を直接手がけています。
つまり上記収益は、「六段以上」の審査のみで叩き出されている収益です。
参考データ:
【2017年昇段審査収益】
審査会収益:134,209,999円
登録料収益:399,276,000円
【昇段審査の費用】
剣道
六段:審査料約12,000~15,000円・登録料約35,000~45,000円
七段:審査料約14,000~18,000円・登録料約52,000~65,000円
八段:審査料約16,000~20,000円・登録料約80,000~110,000円
居合道
六段:審査料約12,000円程度・登録料約35,000円程度
七段:審査料約15,000円程度・登録料約55,000円程度
八段:審査料約16,000円程度・登録料約85,000円程度
杖道
六段:審査料約12,000円程度・登録料約35,000円程度
七段:審査料約15,000円程度・登録料約55,000円程度
八段:審査料約16,000円程度・登録料約85,000円程度
※参照データ:北海道・長野・大阪・兵庫・福岡各剣道連盟
【昇段審査の合格者数と合格率】
剣道
2017年六段:受審者6,608名(平均6500~7000名)・合格者1,441名(平均20~25%)
2017年七段:受審者5,479名(平均5000~5500名)・合格者1,075名 (平均15~20%)
2017年八段:受審者3,747名(平均5000~5500名)・合格者25名 (平均0.6~0.8%)
居合道
2017年六段:受審者435名(平均400~450名)・合格者98名(平均20~25%)
2017年七段:受審者227名(平均180~220名)・合格者51名(平均20~23%)
2017年八段:受審者126名(平均120~160名)・合格者2名(平均2~5%)
杖道
2017年六段:受審者85名(平均70~85名)・合格者32名(平均30~40%)
2017年七段:受審者80名(平均50~60名)・合格者7名(平均15~20%)
2017年八段:受審者28名(平均25~30名)・合格者5名(平均5~10%)
※剣道連盟発表資料より抜粋
大会収益
毎週のように全国各地で大会が開催されていますが、そのうち全日本剣道連盟主催の大会は、連盟自身の収益源となっています。
一方で、大会は売上に対する費用が大きいので、収支としての貢献はかなり少ないと考えられます。
その中でも最も大きいものは、やはり全日本剣道選手権です。
この大会だけで、約2,000万円もの収入があります。(放映権や広告売上除く)
ただ剣道連盟全体の予算からすると、規模としては小さい上、かかる費用の割合も大きいため、大会収益が与える影響は非常に軽微と言えるでしょう。
参考:【2017年大会収益】
演武大会収益:12,319,705 円
選手権大会収益:19,242,165円
選抜八段大会収益:1,772,223円
都道府県女子剣道大会収益:1,168,524 円
居合道大会収益:1,104,000円
杖道大会収益:1,752,000円
※剣道連盟発表資料より抜粋
広告・広報収益
広告や広報関係の収益も、少なからずあります。
広告系収益はコストがかからないため、丸々収益貢献してくれるという特徴があります。
収支報告書を見ると、「広報通信料収益」という項目で、3,000万円を超える収益となっています。
これはおそらく、NHKにおける全日本剣道選手権放映に関わる収益と考えられます。(推測ベース)
NHKという媒体規模、また剣道界における最高権威の大会ということを考えると、金額の大小はいかがでしょうか。
※一般的な全国クラスの大会運営では、予算規模300万円程度と言われています。
一方、その下に「広報広告収益」という項目で、約30万円弱の収益が記載されています。
これは、大会における広告収入と考えられます。(推測ベース)
NHKはCM放送がないため、これは大会パンフレットやブース出店等での収益がメインではないでしょうか。
参考:【2017年広報系収益】
広報通信料収益:33,860,870 円
広報広告収益:287,039円
※剣道連盟発表資料より抜粋
その他収益
昇段審査、大会以外の収益として、講習会、書籍販売、補助金などの収入などがあります。
特に注目すべきは「受取国庫補助金」の項目で、競技人口170万人以上を抱える競技団体ながら、年間800~900万円程度しか国庫からの補助金を受け取っていないことがわかります。
ほとんどのスポーツ競技団体が国からの補助金に頼っている現在、剣道はある程度「自走」していることの証左と言えるでしょう。
国庫以外からは、「受取民間助成金」という項目で、約1,400万円の収益が計上されています。
これは、毎日新聞社をはじめとした、民間からの助成金と考えられます。
(推測ベース)
参考:【2017年その他収益例】
講習会収益:5,055,000円
受取国庫補助金:8,803,542円
受取民間助成金:14,200,850円
普及出版収益:10,786,947円
教材頒布収益:16,361,306円
※剣道連盟発表資料より抜粋
|支出構造
上述のように様々な形で収益を挙げながら、年間約8億円程度の支出によって損益としては赤字となっています。
ここからは、支出の構造について見ていきます。
参考記事:【次世代への継承に向けて】全日本剣道連盟基本計画を徹底解説!
人員派遣・選手招集が重荷
全日本剣道連盟における最大の支出は、「旅費交通費」の項目です。
連盟では、主催大会への審判員の派遣、各講習会への講師の派遣等も行なっています。
それに加え、毎月のように剣道講師として高段位の師範を世界各国に派遣しており、現地への交通費や滞在経費がかなり大きい考えられます。
それと同様に、毎月行われている全日本強化合宿では、全国各県より数十名の選手を集めますので、それにかかる交通経費もかなりの割合を占めると考えられます。
上記の要因から、年平均約1億6,000万円程度、世界剣道選手権開催年ですと、約2億円程度が旅費交通費として費用計上されています。
参考:【2017年旅費交通費】
旅費交通費 :215,857,489円
※剣道連盟発表資料より抜粋
全日本剣道連盟の人件費
全日本剣道連盟では、約20~30名前後の職員の方がいらっしゃるようです。
その方々で、約170万人もの剣道人口(有段者ベース)に加え、居合道、杖道の愛好家の方々も統括しています。
財務報告書によると、「給与手当」として例年約3,600万円〜4,500万円が計上されています。
全日本剣道連盟には30名近くの役員の方がいらっしゃる上、外部職員の方も多数いらっしゃいます。
そのため、これが何名分の人件費なのかは測りかねますが、少なくとも組織体を鑑みても「決して多くはない」というのが印象ではないでしょうか。
参考:【2017年給与手当】
給与手当:46,059,550円
※剣道連盟発表資料より抜粋
日本代表選手強化費用
近年、支出費用として大きくなっているのが、選手強化費用です。
全日本剣道連盟では、「強化運営積立資産」として選手強化資金を積立てていますが、毎年約5,000万円の資金が支出されています。
諸外国の技術向上に伴い、日本代表選考ならびに選手強化のため、現在毎月全日本強化合宿を行なっています。
それにより、会場手配、滞在費用、スタッフ費用、遠征費用、備品購入費用等、かなりの費用がかかります。
また直近数大会では、海外チームのスカウティングも積極的に行なっているため、海外渡航費用やデータ収集に伴う費用もかかるようになってきています。
参考記事:【剣道の最先端を突き進む】剣道日本代表トレーニングコーチ 高橋健太郎(1)
また世界剣道選手権開催向けに、「世界大会積立資産」という名目で積立も行なっています。
こちらは毎年約1,000万円ずつ積み立てられているようですが、2015年には世界剣道選手権東京大会開催により、全額が支出計上されています。
つまり「世界大会積立資産」は、3年ごとの開催に合わせて積立を行いながら、その全額が世界剣道選手権開催経費として利用されていると考えられます。
参考:【強化運営積立資産の推移】
強化運営積立資産:2014年約4億5,000万円→ 2015年約4億円→2016年約3億5,000万円→2017年約3億円
世界大会積立資産:2014年約5000万円→2015年0円→2016年約1,000万円→2017年約1,800万円
※剣道連盟発表資料より抜粋
その他費用
ここまで記載した以外にも、全日本剣道連盟では多様な支出項目があります。
それぞれが組織運営には必要であると同時に、「スポーツ組織を運営することの難しさ」を表しています。
事務所賃料、講師・来賓等の謝礼金、事務費用等、多数の剣道人口を適切に管理するために、多くの諸経費がかかることがわかります。
参考:【2017年その他費用例】
諸謝金:81,422,352
賃借料:76,220,544
電算化事務費:9,949,243円
※剣道連盟発表資料より抜粋
|永続的な運営のために
「武道はお金と切り離さなければならない」という言葉をよく耳にします。
もちろん「武道精神」と「商業主義」は、リンクしない部分が非常に多いのが実情です。
一方で、武道を含めたスポーツ組織を運営するためには、例外なく一定の収益構造が必ず必要になります。
「お金の論理」から、完全に逃げることはできません。
参考記事:【次世代への継承に向けて】全日本剣道連盟基本計画を徹底解説!
競技団体の多くは、自分たちでマネタイズすることが苦手なんです。日本のスポーツは、多くが学校体育から発展したものですから、有料化するとか、自分たちで稼ぐという発想がない。だから、自立して運営できる競技団体は限られている。もし、東京五輪が終わって補助金がなくなり、スポンサーも去ってしまえば、国際大会も招致できないし、スポーツの普及もできないという悪循環に陥ってしまいます。存続できない競技も出てくるのではないかと懸念しています。
(日本フェンシング協会会長:太田雄貴氏)
出典:現代ビジネス【岸田文雄×太田雄貴「東京五輪で日本が魅せるべきもの、遺すべき事」】
剣道は「マネタイズポイント」が少ないため、どうしても収益構造が昇段審査に偏っている状況です。
逆にいうと、国からの補助金に頼らず、先人の方々が長年かけて築き上げてきた運営システムこそが、現在の体制であると言えます。
私たちが普段剣道の稽古をさせて頂いている裏には、様々な人の努力やお金が発生しています。
今一度、そういったことにも想いも馳せながら、稽古に励んでいただいてはいかがでしょうか。
参考記事:【剣道道場経営の難しさ】