「”道場”という学校」
〜菱田司法書士事務所 菱田陽介〜
90年近く続く老舗「菱田司法書士事務所」(@東京都大田区)の4代目である菱田陽介氏。
幼少期から続ける剣道が縁で、「全日本剣道道場連盟」の法務も担当していらっしゃいます。
道場で育まれた縁や信頼、その魅力について多分に語っていただきました。
(以下 KENDO PARK=KP 菱田陽介氏=菱田)
-菱田陽介(ひしだようすけ)-
1985年生 東京都出身
小学校2年時に東競武道館(@東京都大田区)で剣道を始める。
小学校6年時に東京都道場少年剣道大会で団体優勝。
中学卒業後、東京都立小山台高校(@東京都品川区)に進学。
高校卒業後、明治大学法学部へ進学。
大学卒業後から司法書士試験に挑戦し、見事合格。
2013年に父である徳太郎から引継ぎ、菱田司法書士事務所の4代目代表に就任。
剣道五段(2020年11月現在)
|道場で始まった剣の道
KP:
剣道を始めた経緯を教えてください。
菱田:
小学校2年生の時に、幼馴染の友人に誘われる形で地元の東競武道館(@東京都大田区)に通い始めました。
当時はまだ、剣道のみならずスポーツ界全体でもスパルタな指導が若干残っていて、稽古ではたまに竹刀で軽く叩かれるくらいのことはありました。
ただメンバーに恵まれたこともあり、とても楽しかったことを覚えています。
道場では、豊村東盛先生(現・範士八段)より指導を頂いておりました。
当時の指導スタイルとしては、基本をしっかり教えて、形に当てはめることはせずに個々の特長を延ばすようにご指導いただきました。
基本以外は自分で創意工夫することができ、考えながら剣道ができたのが今となってはよかったのだと思います。
幸運なことに、先輩や同級生との切磋琢磨する環境があり、チームはなかなか強かったと思います。
結果として小学4年生と6年生の時に、東京都道場少年剣道大会で優勝を果たしました。
KP:
そこから中学を経て進学校に進学なさいました。
菱田:
中学校に剣道部が無かったため、高校受験が近づくにつれて、以前のように剣道に打ち込むことができなくなりました。
その分受験勉強に励み、東京都立小山台高校に進学いたしました。
|「進学校」の剣道
KP:
高校での剣道はどのようなものでしたか?
菱田:
小山台高校では、当時筑波大学出身の植木伸広先生が指導にあたっており、進学校ながら本格的な指導を頂きました。
稽古も週6回あり、強豪校との練習試合も積極的に行っていたと思います。
一方で稽古時間は1時間半程度と、短期集中型でした。
というのも、小山台高校には夜間の定時制課程があるため、17時には下校しなければなりませんでした。
それに伴い、短時間で集中して稽古を行い、そこから自宅や予備校で勉強する毎日でした。
結果として、同級生は全員現役で大学合格を果たしました。
進学先としても、明治大学に3名、早稲田大学に1名、慶應義塾大学に1名、千葉大学に1名と、それぞれ有名校が多かったように思います。
私は、明治大学法学部へ進学いたしました。
|基本に忠実に
KP:
法学部へ進学とのことですが、その時点で家業を継ぐことは意識なさっていたのですか?
菱田:
学生の段階では、継ぐことは全く意識していませんでした。
とはいっても、父親の仕事が法律家であるわかっていたのと、私自身文系志望であったため、「法学部」への進学は決めていました。
大学では授業のほか、会社法と不動産関系法のゼミに所属し、「大学の勉強・バイト・たまに剣道」というライフサイクルでした。
所属したゼミで不動産関係の法律を研究しました。その影響で資産関連の知識が身についたと思います。
一方知られているように明治大学の剣道部は全国レベルのチームで、稽古も大変厳しいため、体育会等には入らず、自分のペースで道場に通うスタイルを取っていました。
その結果、在学中に四段を取得しました。
KP:
大学生での四段審査となると、現役の学生選手との立合になると思います。
道場では、どのように稽古なさったのですか?
菱田:
東競武道館には、豊村先生をはじめ、全国でも有名な先生方がたくさん稽古にいらっしゃいます。
そういった環境の中でしたので、「今度四段審査を受けようと思います」と先生に伝えたところ、様々な先生方が快く稽古をつけて下さいました。
特に大学の先輩であり、幼少期から稽古を頂いていた長尾英宏範士(故・範士八段及び剣道功労賞受賞)から「基本に忠実にやれば良い」とのお言葉を頂き、そこだけ意識して稽古をしていました。
もちろん現役の体育会学生と比べると、圧倒的に稽古量も少ないですし、技術やスピードでも適わないので、「基本に忠実」という部分を磨くことは、自分にとって最も適していたと思います。
|司法書士の世界へ
KP:
そこから司法書士の道に進まれました。
菱田:
就職活動の時期を迎えたものの、大勢の大学生と同じように、やりたいことやなりたいものもなく、ぼんやりと過ごしていました。
所属するゼミの先輩方には、士業・金融機関・法科大学院といった進路が多かったのですが、何となく家業のこともあり、その時点でやっと司法書士とは何だろうという興味が湧きました。
しかし調べてみると、司法書士試験は勉強すべき範囲が大変広く、さらに合格率も3%未満と、かなりの難関であることがわかりました。
それでも受験を決意し、資格予備校に通いながら、いわゆる「資格浪人」生活が始まりました。
しばらくすると、父の事務所の社員が退職されたこともあり、事務所の手伝いも始めました。
そこからは、事務所手伝いながら、起きているほとんどの時間を勉強に当てるような生活でした。
勉強自体が大変ハードである上、周囲の友人が普通に就職してキャリアを積んでいくのを横目で見ていたため、半分記憶がないくらい心身共に辛かった時期であったと思います。
その結果、勉強を開始して3年目に何とか試験に合格致しました。 その一方で、剣道からは完全に遠ざかった時期でした。
KP:
そこからすぐに家業を承継されたのですか?
菱田:
最初は、大学の先輩の事務所で修業させて頂きました。
そこで「事務所経営」を学ぶと共に、企業法務、財務管理、法人登記、不動産等、あらゆる業務に関わり、実務を通して貴重な経験をさせて頂きました。
そこから父の事務所に戻り、正式に「菱田司法書士事務所」を引き継ぐことになりました。 並行して、資格試験受かってから稽古を再開しました。
再開にあたって五段昇段への挑戦を決め、意識的に週1回は稽古に通うようにしていました。 結果として、何とか五段昇段を果たしました。
|「事業承継」の難しさ
KP:
全国的に「事業承継」が課題となっており、倒産や廃業の大きな原因にもなっています。
承継にあたって大切なことは何でしょうか?
菱田:
後継者の「主体性」が大きなカギだと思います。
そもそも士業は、資格を取らないと業務にあたれない職業ですので、第一のハードルとして「資格試験へのプレッシャー」があります。
これは、剣道の道場において「先生のお子様が必ずしも七段や八段を取得できるわけではない」というのと似ているかもしれません。
さらに、承継すれば自動的に自分が組織の代表者となります。
「なぜ自分が代表なのか?」の答えを、自分の中で見つける努力が必要となります。
後継者が抱えるジレンマとして、 「自分にはまだ実力がないが、かといって惰性で今後30年間生き残れる状況でもない」 というものがあります。
これは、特に同族内承継をなさる企業や組織では、必ず起こる悩みだと思います。
実際私も、働きながら事業承継の研修を受けたりしましたが、結局は自分で考えるしかないというのが実情です。
私の場合は、色々な方に話を聞くうちに「定型的な仕事では生き残れない」という危機感を強く持ちました。
そこから、自分の主体性が生まれてきたと感じています。
かといって、後継者から無理やり突き上げても駄目なのだと思います。
親世代は、年齢的にも自ら変わるのは難しいでしょうし、積み上げてきたものやプライドもあります。
そこをこじ開けるよりも、「後継者の立場とは何か?」を本質的に考えることが大事ではないかと感じています。
幸い、私は自由にやらせてもらえているので、比較的スムーズに承継できたと思います。急激な変化を求めずに緩やかに承継を進めることが理想的です。
|時代にアジャストする
KP:
「菱田司法書士事務所」は地元の超老舗だとお聞きします。
これからのビジョンを教えてください。
菱田:
当「菱田司法書士事務所」は1933年創業で、間もなく創業90年にもなり、私で4代目となります。
コアバリューは、何といってもその「歴史」にあるのは言うまでもありません。
まずは、代々受け継がれてきた「正統な司法書士事務所」というブランディングを磨き上げていきたいです。
一方で「依頼されたことをやるだけ」では、生き残ることは難しいため、新たな取り組みも始めています。
隣町の蒲田に志を同じくする弁護士、税理士、公認会計士、社会保険労務士とオフィス開設し、中小企業を対象に経営財務分析やコンサル支援や起業支援、個人向けに相続問題の支援を開始致しました。
オフィスには様々な職種のメンバーをそろえ、単なる税務や法務だけではなく、経営の役に立つよう総合的なコンサルティング提案とその実行支援をする体制を取っています。法律専門職の知識と実務能力をフル活用して大田区の起業を支援していきます。
今後はさらにサービスの付加価値を高め、よりスケールの大きな仕事に携わりたいと考えています。
このように「引き継ぐものは引き継いで、自分の代でやるべきことはやる」というのが、後継者経営の正しいスタンスではないでしょうか。
|大人になってわかる剣道の魅力
KP:
仕事の傍ら、剣道をずっと続けていらっしゃいますが、その理由を教えてください。
菱田:
ベースは「剣道が好き」ということですが、それ以上に剣道には様々な魅力があると、大人になった今強く感じています。
一つ目は、「コミュニケーションツール」になるということです。
先述のとおり、新規事業の取り組みも行っているため、東京青年会議所にも所属するなどして、常に最新の情報にアンテナを張っています。
その中で、「剣道をしています」というだけで、コミュニケーションが生まれる場面がたくさんあります。
剣道をやっている方はもちろんのこと、剣道をやっていない方でも、「剣道を続けてきたこと」自体が個人的な信用につながることもあり、長く続けることの意味を感じています。
実は剣道のご縁で、「全日本剣道道場連盟」の法務周りもお手伝いさせて頂いております。
剣道で生まれたつながりや信頼から、このような貴重な機会を頂くことができ、大変感謝しております。
もう一つは、大人になってからも道を追及していける点です。
職業柄転勤等もない職種ですし、大人になると新しく趣味作るもの難しいと思います。
剣道は段位制度をはじめとして、大人になってもその道を追及できる仕組みもある上、「いまだに高齢に先生に適わない」といった不思議な面も持ち合わせています。
そういった魅力を感じて、常に心のどこかには「剣道を続けたい」という想いがあった気がします。
|教育機関としての「道場」
KP:
剣道で学んだことで、現在に活きているものはありますか?
菱田:
それは多分にあると思います。 特に道場では、先生や先輩方の靴を揃えたり、挨拶をするところから教えて頂きました。
そういった「昔ながらの自然の秩序や価値観」を学んできたことで、場面によって自分の動き方を考える癖がついたと思います。
もちろん現在は、価値観の変容や時代の変化が著しい時代です。
その中で、そういった「昔ながらの秩序や価値観」を学びにくくなったと思います。
しかし、より大きな相手とビジネスをしたり、お付き合いをするようになると、必ずそういった価値観や作法が必要となる場面に直面することがあります。
そのような場面で適切な動きができることは、これからの時代に逆に貴重なスキルになると感じています。
こういったことから、「教育機関としての道場」の価値を強く感じています。
KP:
今後の剣道の目標を教えてください。
菱田:
一つの目標として昇段を意識しながら、上の先生にかかる稽古を続けていきたいです。
数多く稽古ができるわけではないので、1回1回の稽古を大切にしながら、先生方から頂いたアドバイスに沿って課題を持って取り組んでいきたいです。
また五段になったことで、「道場の先輩のお兄ちゃん」といった立場を脱して、子供たちに指導する責任も感じ始めています。
道場には高名な先生が多く、いつまでたっても「下位」なので、これまで意識することは少なかったのですが、道場で多大な「縁」と「恩」を頂きましたので、私も何か恩を返したいと考えています。