【外国人エリートから剣道具職人へ】大和武道具製作所 ハン・イエン

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「外国人エリートから剣道具職人へ」

〜大和武道具製作所 見習い職人 ハン・イエン〜

戦後の剣道再興期から、約70年もの歴史を誇る大和武道具製作所。
これまで、ほとんど弟子を取ってきませんでしたが、現在一人の見習い職人が働いています。
その名も、ハン・イエン氏。
ブルネイ出身の外国人にして、ロボット工学の研究者として来日した「超エリート」ながら、「剣道具職人」を志すこととなったその想いを伺いました。

(以下 KENDO PARK=KP  ハン・イエン氏=ハン)


-ハン・イエン-
1988年生 ブルネイ出身の台湾系ブルネイ人

2004年 ブルネイで剣道を始める
2013年 ブルネイ代表選手としてASEANトーナメントに出場 そこで大和武道具製作所伊藤氏と出会う
2016年 ロボット工学の研究者として来日して、早稲田大学生命理工学部高西研究室に入学
2018年7月 伊藤毅氏に認められ、見習い職人として弟子入り
2018年末 伊藤毅氏急逝
現在、伊藤喜一郎氏に師事する

※参考記事
【伝説の職人】大和武道具製作所 伊藤毅
【伝説と伝統を守り抜く】大和武道具製作所 伊藤喜一郎


|剣道との出会い

KP:
戦前から続く大和武道具で、弟子入りして働こうと思ったきっかけは何だったのですか。


ハン:
元々武道具作り自体に興味があり、自分も技術を日本で習ってみたいと思ったのがきっかけです。
私の家系は台湾系で毎年台湾に必ず行くのですが、台湾は親日の文化が強い地域ですので。小さい頃から日本文化に触れる機会はかなり多かったと思います。
そこで自然に日本に興味を持ち、その延長で剣道にも興味を持ちました。

最初は単純に「剣道が好き」という想いでしたが、徐々に剣道具の精密さや日本らしさに感銘を受け、作り方を知りたいと思うようになりました。
そこで、剣道の本場である日本に行ってみたい思いが強くなりました。

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伊藤喜一郎氏(右)の前に座るのが定位置
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|大和武道具製作所との出会い

KP:
ブルネイで剣道に触れる機会を作ることは、難しかったのではないでしょうか?


ハン:
ブルネイは台湾と違って、日本の文化や剣道はあまり根付いていませんので、当時は剣道を学ぶ環境が整っていませんでした。
それが、私が高校生の時に「ブルネイ剣道連盟」が設立され、指導者もいらっしゃるようになり、少しずつ学んでいきました。


KP:
どのような経緯で、大和武道具製作所のことを知ったのですか?


ハン:
日本に来る前に、2016年のASEANトーナメントに出場しました。
そこに、大和武道具製作所の伊藤毅先生がいらっしゃっており、そのお話にアン名を受けて、そのまま剣道具を購入することになりました。
剣道具を購入したこともあり、日本に行った際には、伊藤先生のところへ剣道具製作を見学に行きたいと思うようになりました。

その後、2016年に早稲田大学の研究室に入学する形で来日し、それから大和武道具製作所へ通うようになりました。


KP:
大和武道具製作所には、どのくらいのペースで通っていたのですか?


ハン:
毎週1回は通っていたと思います。
最初はあまり日本語が話せなかったのですが、先生とは雑談をしながらずっと剣道具製作の様子を見学させていただいておりました。

そうして「見取り稽古」をしているうちに、「剣道具職人になってみたい」と思うようになりました。

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自らも大和武道具製作所の剣道具ユーザーでありファンであった
出典:Sports Fans Travel Discounts | StudentUniverse
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|「見習い職人」として弟子入り

KP:
その「見取り稽古」はどれくらい続けていたのですか?


ハン:
2年くらい続けていました。
その後研究室を卒業したため、2018年頃からは別の職場で働きながら、合間を縫って通っていました。

見学を続けるうちに、剣道具製作の大まかな流れは覚えることができました。
一方で、見ているだけではコツや細かい技術はわかりませんでした。


KP:
技術的な部分は、伊藤毅先生から教わらなかったのですか?


ハン:
伊藤毅先生には、「剣道具作りを学びたい」と言ったことはあるのですが、技術のようなものはそう簡単に教えていただけるものではありません。
また日頃から「基本的に弟子は取っていない」とおっしゃっていたので、「弟子入りさせてください」ということも、言えませんでした。

しかしずっと通っているうちに、熱意が伝わったのか作業台に座らせていただけるようになりました。
「工房にずっといて良い」と認められたようで、非常に嬉しかったです。

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小手の修理から手がけていった
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|技術を習得していく

KP:
仕事はいつから頂けるようになったのでしょうか?


ハン:
はじめは、海外から定期的に送られてくるボロボロの小手の修理からはじまりました。
正式な仕事というよりは、「ちょっとやってみるか」という感じであったと思います。
教えてもらいながら一つ一つ修理をしていき、自分の記録用に手がけた小手の写真も撮るようにしていました。
今見返すと、本当に下手な修理であったと感じます。

そうやって主に簡単な修理をお手伝いさせて頂いていたのですが、2018年末に伊藤毅先生が急逝されてから、本格的に仕事を依頼いただくようになっていきました。
伊藤毅先生が不在となることは、お店の存続にも関わることから、なんとかお役に立ちたいと思い、「剣道具職人になりたい」と伊藤喜一郎先生(伊藤毅氏の兄)に伝えました。


KP:
伊藤喜一郎先生は、どのようにおっしゃっていたのですか。


ハン:
「剣道具職人になっても食べていけないぞ」ということを、繰り返しおっしゃられました。
しかし、これは私の生活や人生を心配しておっしゃっていることはわかっていたので、私は「他の仕事をやりながら続けるから大丈夫」と何度も説得いたしました。

結果として、伊藤喜一郎先生に認めていただき、「見習い職人」として正式に大和武道具製作所で働かせていただけるこになりました。
それから、伊藤喜一郎先生には色々な工程を指導いただいております。
その一方で、本気で教えていただけているのか、本気で職人に育てて下さる気持ちがあるのか、今でもわからない部分があり、その中で精一杯修行に励んでおります。

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たっぷりとお話をお伺いいたしました
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|「師弟」のコミュニケーション

KP:
実際に「見習い職人」になってみて、イメージと違うと感じることはありますか?


ハン:
私は、単純に「日本と剣道が好き」といいう想いで剣道具職人を志したので、剣道具職人に対して、具体的なイメージを持っていたわけではありませんでした。
逆に、職人というものに対する先入観がなかったからこそ、2年もの間「見取り稽古」を続けることができたと思います。


KP:
仕事をしてみて、大変なところを教えてください。


ハン:
最初の1、2年は、「針運び」が大変でした。
何本も針を折ったり、右手の人差し指と中指に針のお尻が刺さるので、その痛みはなかなか慣れませんでした。

とはいえ、日々できることが増えて自分の成長が見えるので、楽しいと思うことの方が多いです。
先述の通り過去に手がけた剣道具の写真を残ししているのですが、3年前に手がけたものと比べると、格段に上手くなっていると実感できるので、そういった自分の変化を楽しみながら成長していけたらな良いと思っております。


KP:
小手の修理から始まり、今はどのような仕事を手がけていらっしゃるのですか?


ハン:
最初は小手紐の取り替え等の、簡単な修理がメインでしたが、徐々に手の内の交換や垂の縁補修等、少しずつ難しい部位も任せて頂けるようになりました。
それ以外にも、伊藤喜一郎先生から頂いた仕事をひたすらこなしていく、という感じで、さまざまな部位の仕事を手がけさせて頂いております。

いつも伊藤喜一郎先生には「これ、ハンできるか?」と言っていただきます。
私としては常に「これはチャンスだ」と思っているので、必ず「やります」と言うようにしています。
そうやって、少しずつ上手くなっていければ良いと思っています。

黙っていても上手くならないですし、伊藤喜一郎先生もご自身の仕事を抱えながら教えて頂いているので、「やりたい」ということはきちんと言葉にして伝えるようにしています。

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最初は針運びに大変苦労したとのこと
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|「職人はやめておけ」という言葉の本意

KP:
厳しい言葉を言われることはありますか。


ハン:
先程も申し上げた通り、「職人として生きていくのは厳しいからやめたほうがいい」と、何度言われたことがあります。
しかしこれは、「自分のため」に言ってくれている言葉だと理解していますし、「厳しい言葉」として捉えるかどうかは、こちらの受け止め方次第だなと感じています。

というのも、もともと父が建築の仕事をしていて、伊藤喜一郎先生と同じようなことを言っていました。
それは、仕事へプライドを持つことの大切さや、人によって家族や生活があるので、それを心配して強い言葉で伝えているのだと思います。

そもそも「剣道具職人」に限らず、世の中に厳しくない仕事なんか存在しないですし、本当の意図も理解できるので、私に取っては「熱いエール」として厳しい言葉もポジティブに捉えています。


KP:
剣道具職人を志しても、「そんなに甘くない」という言葉で諦めてしまう方も多いとお聞きします。


ハン:
厳しい言葉の意図を、ちゃんと理解することが大事だと思います。
また、先生方も仕事をしながら教えることになりますし、相手の人生も背負うことになるので、ゼロから教えるのは大変だと思います。

そういう意味では、「ある程度ものづくりができる」とか「もともとこういった作業が得意である」といった部分も伝えることも大切かもしれません。

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言葉の本意を理解できれば、不安なことはないとのこと
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|海外からの人気

KP:
海外からの発注も多いとお聞きしたのですが、どのようなコミュニケーションを取っていらっしゃるのでしょうか?


ハン:
海外にも、お得意様の道場がたくさん存在し、そこの門下生の方々や口コミで、まとめて注文が入ることが多いです。
皆様、伊藤毅先生や喜一郎先生のファンの方々です。

とはいえ、直接店舗にいらしていただくことができないため、ご注文の際は一般的な採寸表に加えて、手形を取ったり、頭部写真を撮って頂いたりして、情報を補完しております。
時には、オンラインできちんと採寸ができるように指導もしており、安心してご注文いただける仕組みを作っています。

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かつては伊藤喜一郎氏(左)と故・伊藤毅氏(右)の兄弟経営であった
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|目指すべき姿

KP:
将来はどんな職人を目指していますか?


ハン:
今はこれという将来像はなく、あまり考えたことも無いです。
私は職人としてはまだまだ半人前で、将来像を描くような段階には来ていないと思います。
それよりも、しっかりと本物の技を学んでいき、そのうちに目指すべき職人像のようなものが定まって来れば良いと思っています。

一つ心がけていることは、「自分だったらどうするか」の引き出しを増やすことです。
最近は他のメーカーさんや職人さんの剣道具も見るようになり、どのように仕立てているのかを比べて、「こういうやり方もあるのか”」「どうしてこうしなかったのか」と考えるようにしています。
そうやって自分なりに考えることで、自分の引き出しやスキルが高まっていくのではないかと考えています。


KP:
剣道具製作において大切にしていることはありますでしょうか?


ハン:
私は技術的にはまだまだ未熟ですが、ものづくりに対する気持ちや想いは忘れないようにしています。

実は、学生時代にブルネイで革製品の製作をしていた経験があります。
その時を思い出すと、根本的なものづくりへの考え方や、職人の方々の想いは、共通している部分が数多くありました。

そういった思いを大切にしながら、伊藤喜一郎先生に一人前と認められるよう、剣道具職人としてとして必死に頑張っていきたいと考えております。

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