▼スペシャルインタビュー▼
「古き良きにこだわる」
〜松興堂 松本孝仁〜
古くから東京の中心地に店舗を構え、超老舗として知られる松興堂。
松本社長に、その歴史と剣道具作りへのこだわりをお伺いしました。
また、全日本武道具協同組合理事長(2015~)として、業界の未来についてもお話しいただきました。
(以下 KENDO PARK=KP 松本孝仁=松本)
-松本孝仁-
東京都出身
桐蔭学園高校剣道部、法政大学剣道部に所属。
2005年に株式会社松興堂代表取締役に就任し、以来現職。
2015年より全日本武道具協同組合理事長も務める。
|剣道具製作の歴史を継ぐ
KP:
創業がかなり古いとお聞きしているのですが、大まかな歴史を教えてください。
松本:
1934年に創業者の松本彌一が、松勘工業から独立する形で創業いたしました。
創業時は本町5丁目に本社があり、そこに工場設備も置いていました。
工場を設置したのも、当時は陸・海軍の銃剣道向け用具製造を目的としており、また本町自体が下請け工場の建ち並ぶ街だったので、自然流れであったのだと思います。
KP:
当時の販路は軍隊が大きかったのですね。
松本:
そうですね。
その名残は今も多少あると思います。
現在でも官公庁向けの発注は定期的に頂いております。
これは積み上げてきた歴史と信頼の証だと思っています。
KP:
自社工場を維持していくのは、本当に大変なように思います。
松本:
創業時から“作って売る”スタイルにはこだわってきました。
剣道具の根幹はやはり”ものづくり“でありますので、生産拠点が海外に移った今でも、
そこのこだわりは一切変わっていません。
ただやはり、時代の変化と共に難しくなっていったことは確かです。
昔は官公庁からの需要も大きかったですし、生産力のある競合他社も少なかったので、それこそ「作れば売れる」ような状態でした。
当時は職人専用のバスがあったくらい、職人の人数も多かったです。
|時代の変化に対応する
KP:
どのように変化に対応していったのですか?
松本:
昭和50年くらいから、手刺防具等の高付加価値商品にシフトいたしました。
また同時期に、工場を秋田に工場を移転いたしました。この時すでに、
戦前の流れをくむ職人が多かったので、職人の高齢化はかなり進んでいたと思います。
需要が大きかった頃は、生産を追いつかせるために仕様や細かいサイズは分けずに、ほぼ統一規格で生産しておりました。
それを、技術力が活かせる高付加価値商品に、ラインナップを少しずつシフトしたわけです。
KP:
昭和50年あたりというと、ちょうど海外生産の商品が出回ってきたあたりですよね。
松本:
そうですね。ただ、その当時はまだ海外製の品質も粗悪なものが多かったので、本格的に価格競争になってきたのはここ10〜20年くらいの話だと思います。
弊社の例外ではなく、平成18年頃に生産拠点を中国に移しました。
KP:
松興堂の剣道具(防具)シリーズは、何と言っても“重厚さ”だと思います。
そのこだわりを教えてください。
松本:
“古き良き”のスタイルにはかなりこだわっています。
生産拠点が変わっても、作り方は昔から一切変えておりません。
布団が短く、軽くてシンプルなものが流行しているようですが、
弊社の商品は長めの布団で、いたずらに軽くはしておりません。
KP:
確かに、“昔師範の先生が装着していた”ような剣道具(防具)のイメージに近いです。
松本:
実際ご覧いただくと、その重厚感は感じていただけると思います。
材料が手に入らなくなってきているので、昔と同じように作るのは簡単ではないですが、ここの部分は変えるつもりはないです。
|課題に正面から向き合う
KP:
近年での業界の変化を教えてください。
松本:
7~8年前からインターネットでの販売が登場し、材料流通が変化したと感じています。
海外生産の材料がそのまま海外で消費されるので、良い材料がなかなか手に入りにくくなりました。
KP:
お客様の変化はありますか。
松本:
サイズや仕様に関して、要望が細くなったと感じます。
それ自体は良いことなのですが、
「とにかく面布団を薄く短くしてください」
というような要望が、学校の剣道部顧問からも来るようになりました。
子供の安全を考えればあり得ないリクエストでしたので、その際はお断りいたしました。
このように情報が取得しやすくなった一方、“剣道具(防具)の良し悪し”を判断する正しい知識が広まっていないのは少し残念に思います。
KP:
現在の悩みや課題を教えてください。
松本:
ビジネスとしては、先述の通り材料調達が課題となっています。
当然ですが、“古き良き”形にこだわればこだわるほどコストも増大しますので、そのバランスが難しいです。
業界としては、定義の問題と後継者の問題でしょうか。
機械の発達によって、ミシン刺と手刺の定義も曖昧になりました。
また「日本製」の定義も、他業界を含めて“日本で組み立てていればOK”となっています。
このようにお客様に品質をどう正しく伝えるかが、業界全体としても課題になっています。
後継者問題については、特に材料業者において顕著だと感じます。
流通においては、一つの材料が調達できなくなるだけでも影響は大きいので、ここは大変心配しています。
KP:
剣道具業界での後継者問題についてお聞かせください。
松本:
もちろん後継者がいない所も多数ありますが、
業者によっては若い職人が登場しているところもあります。
おそらく不景気によって、「手に職を付ける」必要性が出てきたこともあるのではないでしょうか。
剣道具業界としては、彼らを大切にしていかなければなりません。
|SSPについて
KP:
全国道場少年剣道大会で使用義務化された、竹刀規格SSPについて教えていただけますでしょうか。
※SSP規格竹刀全国道場少年剣道大会使用義務化について
“全日本剣道道場連盟が主催する全国道場少年剣道大会は、2017年の「第52回大会」から、SSPシールを貼付している竹刀の使用が大会で義務化されます。全国の優良専門店で購人することができる上、全日本剣道連盟の試合規格基準を完全に満たしていることが一目瞭然。安全を第ーに、さらに万ーの場合はPL保険が適用される竹刀の証であることが採用の理由となっています。
出典:全日本武道具協同組合公式HP
剣士たちの健全な精進を支えるために、日々、剣士育成に邁進される指導者の方々と共に歩みを進め、10年以上かけて培われてきたSSPシール竹刀の普及のひとつの証としてぜひご理解いただきたくお願い申し上げます。”
松本:
今回の規格採用によって、全日本剣道連盟の竹刀規格に適合した竹刀を子供全員が使用するようになったことと、竹刀破損時に保険適用ができるようになったことが大きいと思います。
SSP規格はあくまで全日本剣道連盟の規格に沿って、日本国内で検査しております。
もちろんまだまだ課題はありますが、少なくとも“どんな竹刀でも出場できる”という異常な状況は解消できたと思います。
また副次的な効果として、全日本武道具協同組合の中でも全業者が一体となって議論することができたことも良かったと思います。
全日本武道具協同組合といっても、やはり競合他社同士ではありますので、なかなか一体となって施策を打っていくことは今まで難し状況でした。
今回のSSPによってそういった機会が生まれたことは我々にとっても良いことだと思います。
KP:
私も、学生時代は各大会に出るたびに色々な竹刀規格があって、本当に混乱しました。
今後SSPが統一規格として、スタンダードになる可能性はありますでしょうか。
松本:
そうなれば嬉しいですが、SSP自体はスタートしたばかりなので、まだまだこれからだと思います。
高校剣道連盟や学生剣道連盟のように、独自により厳しい竹刀規格を設けている所もありますし、保険適用においても今後様々なパターンが出てくると思います。
これらの課題を、ひとつずつクリアしていきたいと考えています。
いずれにしても「安全な用具を提供したい」という想いは同じです。
KP:
業界として今後目指していくべきことを教えてください。
松本:
用具を提供する側としては、やはり「安全面第一」ですね。
剣道具においては、医学的に解明されていない部分も数多くありますので、ここは各連盟も含めて一体となって研究していく必要があると思います。
いくら伝統的だと言っても、安全性上誤っているものはしっかりと改善していくべきだと思います。