「進化を続ける”かたつむり甲手”の秘密」
〜永武堂 村岡潤一(社長)・佐藤(剣道具師)〜
「かたつむり甲手」で有名な長崎県の「永武堂」(えいぶどう)。
創業当初から長崎の地に店を構え、前身となる武道具店から数えて60年以上、「永武堂」の名となってから約50年の歴史を誇ります。
社長の村岡潤一氏と専属剣道具師の佐藤氏にお話を伺いし、これまでの道のりや「かたつむり甲手」が出来るまでの過程、こだわりまでをたっぷりとお話し頂きました。
以下呼称
村岡潤一氏(社長):村岡
佐藤氏(剣道具師):佐藤
KENDO PARK:KP
|永武堂のルーツ
KP:
長崎県という地に「永武堂」を設立したルーツを教えてください。
村岡:
今から60年以上前に、「永石正武堂」という武道具店を祖父の兄がやっておりました。
その祖父の兄が亡くなった後、祖父が店舗を引き継ぐ形で、昭和48年7月に「永武堂」を設立いたしました。
当時は、内職や職人の方々を含めて10名以上の従業員がおり、剣道具の製作は全て店舗工房内で行なっておりました。
元々長崎県内には剣道具店が少なかったのですが、その一方で地域の道場には80名単位で門下生がいた時代でしたので、道場や学校に営業に回って、毎日21時くらいまで働く毎日であったようです。
そうしているうちに、徐々に「永武堂」が浸透していったように思います。
|「かたつむり甲手」ができるまで
–KP:
永武堂さんといえば「かたつむり甲手」が有名だと思うのですが、なぜオリジナルの小手を作ろうと思ったのでしょうか。
村岡:
祖父が経営した後は、私の父が店舗を承継したのですが、父は「せっかく作るのであれば、何かで秀でたものを作ろう」という思想の人でした。
元々祖父の兄の代では、3本指で握るような型がスタンダードであったのですが、父の代でオリジナルな形に変化させていきました。
KP:
オリジナルな形へはどのように変化させたのですか。
佐藤:
お客様からご要望いただきながら、自然と形が変わっていった感じです。
「手首の返しを良くしたい」「ここをもっとこうして欲しい」というオーダーを聞きながら変化させていきました。
村岡:
商品を開発、改善していく上で、お客様からの要望を取り入れいていくことは数多くあります。
その結果、例えば「小手も左右違う」なんていうこともあります。
–KP:
実際どのくらいの時間を掛けて今の形になったのでしょうか。
佐藤:
現代では、剣道のスタイルも変化していますので、お客さんのニーズも常に変わっていきます。
それに合わせて変化させていくため、これという区切りは無くずっと変化している状況です。
とはいえ、少なくとも1年に1回程度は変わっていると思います。
村岡:
昔に比べて、現在の剣道の技は5倍以上もあると思います。
今の剣道の動きに合わせて、「かたつむり甲手」も少しずつ変化をしています。
–KP:
お父様から村岡さんに継承されたのですか。
村岡:
父の後は、長いこと母が経営を行なっていました。
「かたつむり甲手」という銘は、その母の代で付けたものです。
今から約20年くらい前であったと思います。
佐藤:
「かたつむり甲手」は、「いか楽に握れるか」を考え抜いて完成したものですが、その形が「かたつむり」に似ていたことから名付けました。
実は銘をつけようと考えていた当初、別の名前を考えており、長崎の「如己堂(にょこどう)」に由来して「にょこ甲手」にしようと思っておりました。
それが、あるお客様に相談したところ「”かたつむり”の方が良いのでは」と勧められ、最終的に「かたつむり甲手」になりました。
-KP:
「かたつむり甲手」は、手首の飾りの方向が横向きなのが最大の特徴です。
佐藤:
昔の剣道は、スタイルとして「手首をあまり返さず、真っ直ぐズドンと打ち込む」傾向が強かったので、直線的な動きに向くよう、縦向きの飾りが多かったのだと思います。
今は手首の可動域が広く、動かしやすい形状が求められているので、「かたつむり甲手」は飾りを横向きに配置しております。
-KP:
「かたつむり甲手」という名前にしてから、何か変えたことはありますか。
村岡:
あくまでオリジナル銘であって、決して「かたつむりの形」にこだわっているわけではありません。
発売当初は、旧来型の小手と並列でラインナップしておりましたが、自然と「かたつむり甲手」のオーダーが増えて行ったイメージです。
長崎には剣道の強豪高校もいくつかありますので、そう言った学校の卒業生が全国の大学に進学したり、警察官や教員になったりしていくうちに、「かたつむり甲手」という名前が広まっていきました。
今では、北海道など遠方から長崎の店舗までいらしてただくことも多いです。
そういう意味では、オリジナル銘として「かたつむり甲手」と名付けたのは、大変良かったと思います。
|新たなフェーズへ引き上げる
-KP:
最近では、新商品として「ウルトラスエード小手」を開発していると思うのですが、こちらについて教えてください。
村岡:
私は元々アパレル業界にいたので、生地や流通についてある程度把握しておりました。
その中で、スエード生地の中でも「東レ製ウルトラスエード」という生地に目をつけました。
この生地は「アルカンターラ」という名前で、高級車の内装などでも使われている大変強度の高い生地です。
さらに肌触りも、通常のスエードのように大変滑らかな上、スエード生地ながら「水で洗える」という特性を持っています。
業界に先駆けてこの生地を剣道具に採用し、現在でも永武堂専用で生地を仕立てていただいています。
–KP:
「洗えるスエード素材」というのは驚きです。
村岡:
剣道具は、昔から「臭い汚い」という課題を抱えてきました。
洗うことで布団も再生しますので、私は剣道具は洗っていった方が良いと思っています。
「【かたつむり甲手】”洗えるスエード”新素材」は洗濯機で洗っていただけますので、普段の稽古時から手軽に洗って使っていただけます。
–KP:
いわゆる市販の「洗える小手」とは異なり、見た目には審査や試合にも使用できるレベルに感じます。
村岡:
あくまでスエード素材ですので、見た目の高貴さは紺革素材にも劣らないと思います。
また、重量もかなり軽くできております。
ミシンの打ち込み量は多いのですが、ウルトラスエード素材自体の強度が高いため、打突を受けない握りの部分等は、ある程度薄く仕立てても問題ありません。
経年仕様で生地がボロボロになるということも、かなり少ないと思います。
|製作過程を大切に
–KP:
「かたつむり甲手」はセミオーダーでのご注文が可能となりました。
村岡:
元々はフルオーダーのみで受け付けていたのですが、金額や採寸等エントリーのハードルが高くなってしまうため、セミオーダーでご注文いただけるラインナップを揃えました。
永武堂専用の採寸シートがありますので、それをもとに大まかなサイズ選定を行い、そこからお客様の採寸に沿って佐藤が細かい形状を調整していきます。
それでも、市販の既製品に比べて納期がかかってしまうため、お客様によっては製作過程の写真を送ったりして、出来上がっていく過程からお伝えしたりしています。
–KP:
佐藤さんが全て調整するのも大変な気もいたしますが、海外での製作リソースは活用されていらしゃるのでしょうか?
村岡:
製品調整や素材も含めて、基本的には全て日本製です。
実は生産力の担保を鑑みて、海外生産を試みたこともあったのですが、昔と違ってすでに海外もコストが高い上に、素材も海外製のものしかなかったため、最終は日本の素材で自社店舗工房内で仕上げることにしています。
とはいえ、このような試行錯誤により、従来よりは効率的に製作できる体制ができてきました。
その結果、大人用だけでなく子供用の「かたつむり甲手」も製作できるようになりました。
–KP:
その他、他社と「ここは違う」というスタイルはありますか。
村岡:
自社製品だけでなく他社製品のアフターケアもやっています。お客様に合わせて、より良いものをご使用いただくために行っています。
また昔から道場・学校への営業するスタイルは変わらず続けています。
|「永武堂仕立て」の特徴
-KP:
「永武堂」ならではの仕立てについて教えてください。
佐藤:
剣道具は職人の仕立て方で、仕上がりは全然変わってきます。
例えば面でいうと、永武堂の面は面縁の赤い部分が比較的狭いと思います。
牛革で仕立てる面縁部分(=黒く塗った部分)も狭いため、全体的にスッキリかつシャープに見えるのが特徴です。
正面からから見たときに、バランスが取れていてある意味「小顔効果」とも言えるかもしれません。
村岡:
顔を入れる内輪部分もなるべくスッキリさせているため、繊細に調整しないと、ちゃんと顔が入らなくなる設計になっています。
そこは一つ一つ佐藤さんが調整するので、最終的にはフィット感も見た目にも綺麗な仕上がりになります。
-KP:
小手の仕立てについても教えてください。
佐藤:
「かたつむり甲手」は、握りの形状が「つまみ手」のような形になっていて、親指と人差し指の間の湾曲が大きい設計になっています。
今でこそこのような形の小手が出回るようになりましたが、「永武堂」では遥か昔からこのような形状を採用しています。
手首の飾り糸が横向きに配置されているのは、先述した通りです。
これらも全て、昔からの型をもとに、お客様の意見を取り入れながら、改善を繰り返して作り上げたものです。
|「剣道ライフ」のお役に立つ
–KP:
今後のビジョンを教えてください
村岡:
永武堂の剣道具、特に「かたつむり甲手」が、一人でも多くの方の「剣道ライフ」のお役に立てれば良いと思っています。
「合う剣道具は人それぞれ」だと思っているので、「誰しもが永武堂の小手が合う」とは思っていません。
特に大人の方は、剣道のスタイルや求める剣道具も異なると思いますので、自分の好みに合わせて好きなものを選んでいただくのが良いと思っております。
一方で、私どもの剣道具は強度も保ちながら軽量であり、お客様の声や剣道の変化と共に少しずつ進化させてきた自負があります。
剣道として伸び盛りの時期に「かたつむり甲手」に出会っていただき、是非若い方に使っていただきたいと考えています。
そのためには、「知っていただく努力」が必要になってきます。
今までは、大変ありがたいことに長崎県出身の剣道家の方々に「かたつむり甲手」の名前を広めていただいたり、お客様の方から来ていただくことが多かったと思います。
今度は、私どもからも一人でも多くのお客様に知っていただく努力をしていきたいと考えています。
-KP:
「かたつむり甲手」が、剣道ライフのベースを支える存在になれば良いですね。
佐藤:
私たちの商品は、「いかに使いやすいか」が創業時からのコンセプトです。
実は、剣道自体は私も少しかじった程度ですし、社長も先代も先々代も剣道をやっていたわけではありません。
一方で剣道をやらないからこそ、プレーヤーとしてのクセや好みが影響せず、純粋にお客様の要望を反映できていると思います。
その中でも小手へのこだわりは、先代や先々代から受け継がれているものです。
例えば面は、一度装着すると、内部で能動的に顔の動きを操作することはありません。
一方で小手は、装着してから内部で細かくしない操作が行われる部位です。
つまり、小手は最も「作り手と使い手の感覚のすり合わせ」ができるものであり、小手の製作技術を信頼してもらえれば、他の剣道具も信頼して任せてもらえると思っています。
村岡:
永武堂の「かたつむり甲手」は、単なる「型」ではなく「技術の結晶」です。
是非一度使っていただき、皆様の「剣道ライフ」のお役に立てれば幸いです。
皆様に手に取っていただける日を、心よりお待ちしております。