▼レジェンド職人シリーズ▼
「浄法寺塗の粋を伝える」
〜羽沢工房 代表 羽澤良和〜
日本および世界最高の漆塗り技術といわれる浄法寺塗(じょうぼうじぬり)。
胴台裏の端に、銘として書いてあるのを見たことがある方も多いことでしょう。
地元産の国産漆を使い塗り上げた胴台は、全国の剣道家に親しまれています。
今まで公開されてこなかった、その制作現場に迫りました。
(以下 KENDO PARK=KP 羽澤良和=羽澤)
-浄法寺塗(じょうぼうじぬり)-
浄法寺塗とは、約1,300年前に岩手県浄法寺町で発祥した漆塗り技術です。
浄法寺町は良質な漆の産地であり、地元の天台寺(てんだいじ)の僧侶が、その漆を用いて自家用什器を製作したところから始まったといわれています。
|ゼロからの技術習得
KP:
浄法寺塗の職人となったいきさつを教えてください。
羽澤:
元々地元で農業や塗装工をしていたのですが、28歳の時にたまたま地元の漆器センターで剣道胴の塗り師を募集しており、応募したのがはじまりです。
そこで漆塗りの技術を、2年程度教えていただきました。
岩手には古くから剣道具工場があることもあり、ある程度技術を身につけてからは、地元武道具メーカーからの実際に仕事を請け負いながら、技術習得に励みました。
漆器センターには、合計で5年程度在籍したと思います。
KP:
何も知らないところからの技術習得は、簡単ではないと思います。
羽澤:
漆器センターでは、あくまで漆塗りの技術しか教えていただけませんでした。
そのため、実際に剣道の胴に塗るのは、地元剣道具工場の仕事を請け負いながらほとんど独学で学びました。
一方で、浄法寺町は古くから良質な漆がとれる地域ですので、1950年頃までは漆塗りの職人が数多く存在していました。
その技術が自治体全体で受け継がれていたので、漆塗りを学ぶ環境としては、恵まれていたと思います。
KP:
その後独立なさい、現在では胴台の塗師としては第一人者となられました。
羽澤:
独立したのは33歳の頃であったと思います。
まずは、武道具店の取引先を増やさなければなりませんでした。
そんな折、偶然知り合いを通じて東京に営業に行く機会がありました。
当時はまだ胴台の漆塗り業者はいくつか存在していましたが、ちょうど竹胴が減少し始めていた時期でしたので、それに伴って胴台を手がける漆塗り業者も徐々に減少していました。
そのため、貴重な胴塗り職人として少しずつ取引先が増えていきました。
当初は東京の武道具店だけであったのが、口コミも手伝って全国各地からオーダーが入るようになっていきました。
|技法を極める
KP:
どれくらいの量を生産なさっていたのですか?
羽澤:
最盛期は合計3名体制で生産を行い、月間60本程度生産しておりました。
現在は私一人で生産しているので、月間30本程度胴台を仕上げています。
お客様それぞれでオーダーが異なるのでそこは大変ですが、今ではどんなオーダーにも対応できるまでになりました。
以下はその一例です。
溜塗(ためぬり)
赤色の中塗の上から透漆を重ねたもの。
一見光沢のある黒色だが、その中にわずかな赤味が見えるのが特徴。
黒呂色 / 呂色(くろいろ / ろいろ)
深い黒色で、濡れたような光沢がある色合いが特徴。
虫食い(むしくい)
異なる色の漆を塗り重ねて研ぎ出し、虫が食ったような模様にしたもの。
暁雲(ぎょううん)
異なる色の漆を塗り重ね、中から雲がかったように模様が浮き出たもの。
乾漆 / 石目(かんしつ / いしめ)
麻布や和紙を漆で張り重ねたり、木粉を漆に練り込む等して、表面に凹凸を付けたもの。
青貝(あおがい)
漆塗の中に装飾用の貝殻を削って撒き、加飾したもの。
梨地(なしぢ)
金や銀などの梨地粉を表面に撒き、透明な漆を塗って研ぎ出したもの。
表面が梨の質感に似ているのが特徴。
拭漆(ふきうるし)
透明な生漆を直接塗り込み、下地の模様を際立たせたもの。
主に、牛革の質感をそのまま出す「生地胴」などに使用される。
いずれも、もともとは漆器類に施していた技法です。
漆塗りの技法は、元来武家に納める漆器に用いられていた技法です。
そのため日本においては、漆塗り製品は高級品として扱われていました。
私の作品を通して、そういった歴史的な部分も感じていただけると嬉しいです。
【ヤマト胴】(塗タイプ)パターンカスタム
【生地胴】純国産胴台
|胴台とは「作品」である
KP:
浄法寺塗の歴史と特徴を教えてください。
羽澤:
浄法寺町のあたりは、古くから良質な漆の名産地でした。
ここで採れる良質な国産漆は、江戸時代には盛岡藩に献上した漆器に使用され、現在では、日光東照宮をはじめ、国宝の補修等に使われています。
国産漆の特徴としては、塗膜が固く塗料として強いことです。
塗膜が硬いため、経年による耐久性が強く、竹刀で叩いても割れにくいことが特徴です。
一方で、国産漆は塗る段階では柔らかいものなので、厚く塗ることができません。漆の状態を見ながら、塗る回数や硬さを調整しています。
胴台に塗る際には、竹の胴台を研磨したところに、生漆で2回塗り固めます。
これにより、隙間に水分が入らないようになり、革と竹、漆の密着が良くなります。
これが、長期間の使用にも耐えうる耐久性を生みます。生漆を塗る際、生き物の革の上に塗るので、革の伸縮にも対応しなければなりません。
通常、経年によって漆が痩せてしまい、下の革の筋が見えてしまうこともありますが、一方で下地を厚く塗りすぎても、固くて漆が割れてしまいます。
そういったことも鑑み、経験を元に漆の厚さを決めています。
KP:
大まかな行程を教えてください。
羽澤:
おおよその工程は以下の通りです。
1)表面を研ぐ
2)生漆で塗り固める
3)下地を塗る
4)研ぐ
5)生漆で下地を塗り固める
6)上塗り
7)研ぐ
7)生漆で塗り固める
8)磨いて鏡面に仕上げる
工程によっては2~4回繰り返すこともありますし、漆を塗る度に数日乾燥もしなければならないので、1本の胴台を仕上げるのに約4ヶ月かかることもあります。
KP:
浄法寺塗胴台のどこに注目すれば良いですか?
羽澤:
表面のみならず、裏の拭き漆とツヤや縁まできっちり塗っている丁寧さに注目していただきたいです。
私は、いつも“日本刀”のような輝きを出したいと思って仕事にあたっています。
そこには単純な美しさのみならず、“真剣勝負”という想いも込めています。
そういった部分まで感じていただければ嬉しいです。
KP:
今後の目標を教えてください。
羽澤:
私自身はあと10年はこの仕事を続け、その間にこの技術を誰かに継承したいと考えています。
それはここまで磨き上げた技術を後世に残すことが、地元への恩返しにもなると思うからです。
地元も国産漆の産地として、技術継承を積極的に支援してくれています。
胴台塗りの職人がどんどん減少している中で、私には浄法寺塗は脈々と受け継いでいく責任があると思います。
「胴台塗といえば浄法寺塗」と、いつまでも言っていただけるようにこれからも頑張っていきたいです。